古い書類を整理していたら、昔のボーイフレンドに書いた手紙の下書きを見つけた。
内容からすると、鈴木保奈美と吉田栄作主演のTVドラマを見て(「瀬戸内少年野球団」という単発ドラマ)、脚本に感動したらしい。
「最近常々感じるのですが、役者の演技力というのは、たかが(?)アイドルスターごときでさえ、どんどん向上を見せていると思います。
役を五感で演じる彼らにとっては、共感のない脚本などクソくらえ。たった2時間のドラマのあいだでも、登場人物の一生を演じられるくらいのヤル気をおこす脚本を望んでいるのだと思います。
(中略)
とにもかくにも他人の作品にジェラシーを感じて、己を振りかえるのはいいことでしょ?
私がこの世に存在したことを証明できるような作品を、絶対に作らなくてはと思います。
・・・なんて言いながらきっと明日になれば『まっ、いいか』状態になってることでしょうけどね。」
この手紙を書いたのは15年ほど前のこと。
ミュージカルの脚本書きに追われていた時代だったが、いつも障害になるのは人生経験の未熟さだった。
読書や観劇などでの疑似体験が幾らあっても、私より倍も年上の演出家・作曲家からすれば、さぞ扱いづらい「頭でっかち」だったことだろう。それを面と向かって指摘され、「辞めます!」と啖呵を切ったのも青臭い思い出だ。(もちろん次の日には大反省して頭を下げに行ったが。)
それにしても「まっ、いいか」をこの当時から口癖にしてたとは・・(^_^;)
子供の頃から父にいつも言われていたことを思い出す。
「お前は欠点だらけだが、たった一つ褒められるのは楽天的なことだ。嫌なことがあっても次の日には忘れてヘラヘラしてるからな」
恥じるべきか喜ぶべきか、とりあえずは何でも良い方に考えてきたし、それは今も変わらない。
「あしたはきっといい天気! 早起きして運動しなくちゃ! ついでに仕事もね。」
(私の手紙の結び)
「昨日に学び、今日を生き、明日に希望を。大事なのは問うことを止めないことです。」
(アインシュタイン)
ずいぶん差があるけど、似たようなことを言ってると都合のいい解釈をしておこう。
今日のところは、まっ、いいか(笑)。
コメント
「なぜ、なぜ、なぜ・・・」と悩んだ挙句、
結局「まっ、いいか」と投げ出し、忘れる。
けどその後に
「あぁッ! そうかぁ~~~」と
あんなに悩んだことが、瞬時に氷解・・・。
「考え尽くすのも大事、捨てるのも大事」
ではないですかね。
おつかれさん。明日は晴れじゃなくていいです。
いつも晴れていたらおかしいですよ。
雨のほうがいいときもある。
天気予報師が言っていることがどうも変ですね。
晴ればかり望んでいる報道しています。
天気なんかあたらないほうがいいです。
僕が今してるものは、晴れでもいいし、雨でもいいです。
それで十分生きていけます。
でも嵐はだめですね。
yuriさんがしているヨットも同じだね。
髪結いの亭主様
結局は成るようにしか成らないってことかなあ?
でも考えあぐんだ挙句の「まっ、いいか」は、とどのつまりなんでしょうね。
たぶん良い結果をもたらすでしょう(^_^)
tsune2様
実は私、「晴れ女」なんですよ。
旅行やイベント、ここ一番はたいてい晴れ。
でもそれがプレッシャーになってるのも事実です。
ちょっと力を抜きますかねっ。
「まっ、いいか」良いですよねぇ。
自分に優しく「ついでに」まわりにも少し優しくw
行き過ぎた楽天主義にならない程度の楽観主義なら
敵は出来ないですよねぇ。
楽観的になる為の秘薬はお酒ですねw
こまちゃん
>楽観的になる為の秘薬はお酒ですねw
やっぱりそうきましたか(笑)
一説によると「泡盛」は効果が高いそうです。
南のお酒だからかな。
「まっ、いいか」…というフレーズから連想したのは、
映画史上の名台詞、、、
『明日は明日の風が吹く(After all, tomorrow is another day.)』でした。
映画『風と共に去りぬ』の最終章、
ヒロインのスカーレットが、最後に絞り出すように口にする台詞でした。
“長期楽観、短期悲観”
成るほど、人生の「行動哲学」のひとつかも知れません。
“光りのドップラー効果”の研究から、
特殊相対性理論と一般相対性理論を構築したアインシュタインですが、
念願の、三つの場(重力場、電磁場、相対場)統一を実現することは出来ませんでした。
『統一場の理論』を構築することが出来なかったアインシュタインは、
「まっ、いいか」…と、“大きく舌をだした写真を撮らせた”ことは、周知の事実です。
ブログから感じた懐かしさに…、I’ll boost your rank through my click.
Grayman2006様
『風と共に去りぬ』のスカーレット、「明日考えよう」は数ある
映画の中でも大好きな台詞です。
強さに自信があり、常にポジティブでいるから言える言葉でしょう。
彼女の老後が見てみたくなります。