出口のない老人介護

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夜8時過ぎに携帯が鳴った。「淋しくてたまらないんだ。今から来られるか?」
介護施設にいる父からの電話はいつも早急でわがままだ。とりあえず明日行くことを約束して、早く寝るようになだめすかす。

 

あくる日の午後。季節の和菓子をお土産にエレベーターで上がると、スタッフが困ったように声をかけてきた。
「あの・・・、お母様がいらしてます」。
私にとって継母に当たるその人は、実母を追い出して妻の座を得た愛人であり、反目しあう仲なのをスタッフたちは薄々感づいている。とはいえ70代後半で鬱病を患っている老女なのだからと、腫れ物に触るように接してきたのが現状だ。

 

折りしもおやつの時間でテーブルにはティーセット。私には目をそらす継母と並んで、車椅子の前に座る。家族が久しぶりに揃ったことを「盆と正月が一緒にやってきた」と喜ぶ父。そうだね、良かったねとしか答えようがない。

 

スタッフが運んできたプリンをあっという間に平らげた父は、もっと何か食べたいとおねだりする。継母は家から持ってきたタッパウェアを開けて、鉄火巻きを父の口に入れる。
モゴモゴと頬張るたびに、顔を真っ赤にしてむせ込むのを見ていられず、私は父に「もうお腹いっぱいでしょ? あとは晩御飯のときに食べようね」と説得する。

 

嚥下能力が落ちている父は、気管支に食物が入ると「嚥下性肺炎」になる危険を抱えており、家族が持参した食べ物は喉に通りやすく加工して貰わなければならない。しかも必ずスタッフの目の届く場所で食べるようにと、ケアマネージャーから再三言われているのだ。

 

「もっと欲しい?しょうがないわね」と駄々っ子を愛おしむように食べさせる継母。
満腹中枢が麻痺しているのだろう、タッパに入っている全部を食べようとする父。
やめさせて頂けませんか?と、ハラハラした様子で私に合図を送るスタッフ。
夫婦の間に入れない娘は、いたたまれない家族の食卓が早く終わってくれることを願うしかなかった。

 

居室に2人を残して、車に戻る。運転席に座り自分1人になれたことにホッとした。
きっとこれでいい。喉に食べ物を詰まらせて死んでも、たぶん父は本望なのだろう。

歳を取るほどに愛する者の数は少なくなっていく。
次回の「盆と正月」まではあまり間を置かないようにして、3人で分け合える食べ物を持参しよう。空になった器を見せて、私が食べちゃった!とおどければ、父は嬉しがるに違いない。

コメント

  1. 風小僧 より:

    老いていく身内を見届けていくのは、元気な姿が思い出されるから、余計に辛いですね。
    労わりの言葉は、労わりの態度はどうあるべきかを考える事があります。
    人生の最後の章を心豊かにさせてあげる事としか…今の私では、思いつきません。
    いづれ我が身もと。

  2. yuris22 より:

    風小僧様

    労わりの言葉は本当に難しい・・。
    ついつい子供を諭すような話し方をしている自分に気づいて反省します。長い人生を苦労して生きてきたプライドを尊重してあげなくてはと。
    この人が私を育ててくれたのだと、今だからこそ恩を感じています。

  3. marie より:

    介護は大変ですよね。多少ですが、私の祖父や祖母で経験があります。
    次は同居している実父と叔父です。
    それにしても、「継母」と言う存在との付き合いも大変ですね。
    血がつながっている親や親戚との付き合いさえ、大変な部分があるというのに・・・。
    私の家庭は、祖父(実父)、叔父、主人(お婿さん)、長男、私の5人家族なんですが、これまたトラブルが度々勃発して大変です。
    主人にしたら、子供以外は元々は赤の他人ですから、居心地は良くはないはず。そんな中で、私は間に挟まって、旦那の文句を言われたり、怒られたり本当に大変です。
    一生続くわけではないだろうけど、私自身も居心地が悪いです。事の発端は、いつも、旦那が家の事を何もしないとか、です。参っちゃいますよね。
    なんか、すみません。愚痴になっちゃいましたね。

  4. yuris22 より:

    marie様

    あらまあ男性4:女性1ですか。散らかす後を追いかけながら、家庭のきりもりがさぞ大変なこととお察しします。しかもご主人を愛しているほど、お父様たちに認めてもらおうと気を使いますよね。
    風邪をひいたふりでもして、時には「何もしないDAY」を宣言してみたら如何でしょうか? 主婦の有り難味を知ってもらわなくちゃね。

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