二人三脚で登頂した富士山その2

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(その1はこちら

富士山登頂を目指す2日目。精いっぱいの厚着をした登山客たちが山小屋のベンチに座り、朝4時半から東の空を眺めている。本七合目でも充分寒いのに、これが頂上だとしたら身体の震えが止まらないことだろう。

時計の進み具合を何度も見ながら午前5時3分。待ちに待ったご来光、オレンジの太陽が雲の上に顔を出した。「みんなが幸せになれますように」と祈りながらカメラのシャッターを何度も押して、至福の時を堪能する。

本7合目からのご来光
本7合目からのご来光2
山小屋に戻って荷物を調えると、5時半からご飯とみそ汁、佃煮の朝食。仲間たちが元気よくご飯を3杯もお代わりする中で、私は不安を抱えたまま食が進まない。昨夜は吊ったふくらはぎをストレッチしてもらい、湿布薬を貼って寝たので痛みは治まっているけれど、歩き出したらダメかもしれないと嫌な予感がするからだ。

日が昇れば冬から夏へ。午前6時に半袖のTシャツ姿で頂上を目指して出発した。やはり思った通り8合目はおろか、カーブを数個曲がっただけで足に激痛が復活。これじゃダメだ。仲間たちに先に登ってもらい、私は後からゆっくりと行き、彼らがお鉢めぐりから帰ってくるのを頂上で待つことにした。しかし足の状態は昨日よりも悪く、10歩進むごとに一息つかないと身体ごと崩れ落ちそうになって途方に暮れる。

本7合目から8合目へ
午前6時
8合目
上る人・下る人
本8合目胸突江戸屋
8合5勺御来光館
ふと振り向くと、やはりゆっくりペースの若い男性が「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。彼(Nくん)は昨年、恋人と一緒に途中まで登ったが高山病になってリタイア、そして別離。今年は男の意地をかけて1人で再チャレンジしたが、やっぱり高山病の症状が出て最悪の体調だというのだ。

あきらめずに一緒に登ろうと仲間同士になった私たちは、他の誰よりも遅いペースで少しずつ進む。9合目を越え、頂上まで1時間は絶対にかかるねと苦笑いしていると、既にお鉢めぐりを終えた仲間たちから電話がかかってきた。夕方までには逗子に戻りたいから、早く登って来いと言う。

9合目を望む

絶対に無理!!! 急な砂走りを悪戦苦闘して須走口へ下りる彼らとは完全別行動を決意して、私はNくんと緩やかな吉田ルートを下りることにした。そうと決まればまず登頂後に昼食だ。しかし強烈な日差しの山頂はサングラス越しでも視界がギラギラ。居並ぶ土産物屋、食堂への騒がしい呼び込み、300円のトイレ・・、なんだか地獄の入り口みたいに思えて、富士山頂浅間大社奥宮で証拠写真を撮った後、お鉢めぐりをあきらめて下山することにした。

頂上の鳥居
山頂からの眺め
神社と土産物屋
富士山頂上浅間大社奥宮
お鉢めぐり
よーし、ついに下りるぞ。これで楽になると顔がほころんだのは束の間、足の痛みが更に増す長くて単調な道が延々と続くのを知るのである。前を歩く人が掻き立てる埃を避けてサングラスにマスクのガード。砂と小石の坂道はジグザグ斜めに下りて行かないと、ザザッと足を取られて転倒してしまう。カーブを曲がっても曲がっても、えっ、まだ3時間もかかるの!? もう飽きた、心細い、でも誰も助けちゃくれない。山を下りるまでが登山なんだということを思い知らされたのであった。

下山開始
吉田ルートの下山
やっと7合目へ下山
正午過ぎに下山を開始して、富士スバルライン5合目に辿り着いたのは午後5時半。うどんでお腹を満たして、富士登山バスで河口湖へ下りた後はどうやって帰ればいいのだろう。御殿場駅までNくんが車で送ってくれるという親切な申し出をありがたく受けることにした。

砂埃まみれで乗り込んだ御殿場線では国府津駅まで大爆睡し、東海道線に乗り換えても大爆睡。ヨロヨロした足で降りた大船駅の階段では見事に転んだ。東名高速に乗ったNくんは居眠りせずに走っているだろうか。

深夜に家に辿り着いて初めて気付いたのは、両腕が真っ赤に日焼けしていることだった。日焼け止めクリームを顔には塗り込んだのに、腕はすっかり忘れていたのである。ジャケットを着るのも無理なヒリヒリ痛みで、翌日は東京で行く先ごと、みんなに「どうしたのその腕!」と驚かれたのは言うまでもない。

何とか二人三脚で登頂を果たした日本一の山。1日目は登頂124回目のおじいさん、2日目は高山病と戦う若者に出会い、旅は道連れとなったのは幸運だった。富士山で何が一番良かった?と聞かれたら、ご来光や星空よりも「人との出会い」と答えたい。ほんとうに苦しかった、でも行って良かった。まだまだ興奮冷めやらぬ一世一代のチャレンジであった。

コメント

  1. 的は逗子の素浪人 より:

    とにかく無事のご帰還が何よりですね。
    「人との出会い」…正直、涙が出ました。僕にはこれが足りないのでしょうね。「人生の模範」を見せて頂きました。ありがとうございます。
    8/21にヘリから富士山を見ました。雪もなく素晴らしい姿でした。

  2. yuris22 より:

    的は逗子の素浪人様

    人との出会いが足りないのではなく、気付かないだけかも知れませんよ。言葉に出さなくても、初対面であっても、目と目が合っただけで心の声を受け取ってくれる人は必ずいると思うのです。
    地獄に仏をリアルに体験して、神様のお計らいを実感した2日間でした。

  3. pan-sora-daisuki より:

    とても素敵な出会いと共に・・一生の思い出になりましたね
    昔、富士山に登ってご来光を見た時の感動、そして砂走りの過酷さ、今でも忘れられません
    しっかり、体を休めて下さいね

  4. こまちゃん より:

    ご無事で何より!あっ、無事とは言い難いかw
    σ(^ー^;)は体力は問題無いと思うんですが、高山病が駄目です。
    モンブラン山の隣に登った時は泣きそうでした。
    もうひとつ、雷が大嫌いw
    一生の思い出でに登ってみたいんですが、、、

  5. yuris22 より:

    pan-sora-daisuki様

    本来なら砂走りを下る予定だったんですが、先発隊の話を聞く分には、やめておいて正解だったと思います。緩やかな吉田ルートでさえ転んじゃったし・・。
    こんなつらい思いは二度としたくないと断言しながら、次回は体調を整えて計画的に・・なんて頭の片隅で思っているのは何故でしょうね。なんだかお産に似てるような気がします。

  6. yuris22 より:

    こまちゃん

    ホントに泣きそうになるんですよね。高山病対策の酸素マスクは気休めというか、役に立たないに等しかったです。でも2日目に知り合った彼から貰った梅のキャンディーはシャキーン!と元気が出ましたよ。

    時おり演習場から聞こえてくる大砲の音は、雷かと思ってビビリまくりました。富士山は落石も多いし、あなどってはいけない山ですね。

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