書き下ろし短篇『シングルマザーと息子との三角関係』

今年の七夕は日曜日。付き合って2年になる恋人からホームパーティーのお誘いを受けている。集うメンバーは3人で、彼女、僕、そして小学校3年の星彦くん。年上でバツイチの彼女が溺愛するクソガキ・・じゃなかった一人息子だ。外でデートするのは楽しいけれど、シングルマザーの部屋に行ってアイツが僕たちの間に座ると思うと、気分が盛り下がる。

しかも僕たちの関係は堂々と公表できるものではない。なぜなら彼女は社内恋愛禁止の会社で直属の上司だからだ。今どき時代錯誤のルールに思えるが、恋愛関係になって部下をえこひいきする事態になれば、他の社員の士気に影響が及ぶというのが会社の見解である。

でも2人の関係がバレるなんて、99%ありえないはず。彼女はおよそ恋愛には縁のない女性と思われているからだ。書類をチェックすれば、たった一つの誤字脱字さえ見逃さずに突き返すクールさ。灰色のスーツを着て髪を後ろで縛り、銀縁眼鏡をかけた化粧っ気のない顔。当然のごとくお局様というあだ名がついて、シングルマザーであることは知られていない。

上司

 

そんなお局様に恋心が芽生えたきっかけは、ふらりと出かけた日曜日のショッピングモール。買い物を終え、フードコートで一休みしていると、隣りの席に好みのタイプの女性が座っている。さらりとしたストレートのロングヘアにスキニーデニムがよく似合って、サンダルの爪先からは薄いブルーのネイルが涼し気だ。

チラチラ飛んでくる視線に気づいた彼女がこちらを見た瞬間、お互いに「あ!」と声を上げた。まさかあのお局様が壇蜜みたいにスレンダーな美女だったとは、どうして今まで気付かなかったんだろう。そして、僕が一目惚れした瞬間に「ママ~!」と、ソフトクリームを2個持った少年が走ってきて、2人の間に座ったのである。

フードコート

 

「え、もしかしてお子さんですか?」と彼女に尋ねると、返事をしたのはクソガキのほう。「おじさんは誰? 奈津美の知り合い? 僕たちはデート中なんだから声をかけないでくれる?」

母親を名前で呼んで対等な口をきく。その日から僕は星彦くんに対してライバル心を燃やすようになった。あくる日からは仕事の相談にかこつけて度々ランチに彼女を誘い、夜の食事の約束を取り付ける。夜に会うのをOKしてくれたのは、子どもを親に預けられる週末だけだったけれど、逢瀬が始まって数回目の夜に僕らは男女の関係になった。

 

「あなたより10歳も上なのよ。こんなオバサンでいいの?」

恋に年齢なんて関係なく、好きなものは好き。だんだんと結婚を意識するようになって、月に1度は彼女の部屋に遊びに行くようになった。そこで手ぐすね引いて待ち構えているのは亭主気取りの息子。20代の僕をおじさん呼ばわりして敵対視する。

テーブルの席は彼女と僕とが向かい合い、その間に星彦くんが座って、せっかくの団欒に余計な口を出してくるのだ。

「おじさん、ニンジンとピーマンを残しちゃダメだろう。奈津美の作ったものに愛情がないの?」

「おじさん、ダサいTシャツ着てるよね。シマムラ?」

「おじさん、奈津美はガードの固い女なんだから狙っても無理だよ」

そこまで言うか、このクソガキ! でも彼女は僕たちの様子をニコニコ笑いながら見ているだけで、やっと2人っきりになれるのは、星彦くんが眠りにつく夜9時以降だ。エプロンを外した肩を抱き寄せてキスをして、ブラウスのボタンを一つ外そうとしたところに、隣りの部屋から寝言で「ママ~!」。こんな状態でプロポーズできるのだろうかと迷いながら、2年の月日が流れて行った。

七夕

 

ホームパーティーに呼ばれた七夕の午後6時。頼まれたケーキを買って、通いなれた部屋のドアチャイムを鳴らす。出てきた彼女はシーッと口に人差し指を当てて暗い顔。風邪気味だった星彦くんが熱を出して寝込んでいるのだという。

「風邪薬を飲ませたから、寝ていれば大丈夫だと思うわ」

既におかゆを食べさせたという星彦くんは隣りの部屋で寝息を立てている。僕たち2人はスパークリングワインで乾杯して、彼女が腕によりをかけて作った七夕ディナーを味わった。僕の苦手なニンジンとピーマンが星形にくり抜かれて、冷製スープに浮かんでいる。口に運ぶとほんのり甘くて、美味しいと言える味。こんなふうに子育てをしてきたんだと感動して、家族3人の暮らしも悪くないと思えてくる。

 

ケーキを切ったところで、星彦くんを呼ぼうと声をかけに行った彼女が血相を変えて戻ってきた。「すごい熱なの。どうしよう・・・」。

熱を測ると40度近い。ネットで休日夜間診療をしてくれる小児科を探して電話を入れ、すぐに連れて行くことになった。タクシーを呼び、パジャマ姿の星彦くんを僕が背負って外に出る。フーフーと苦しい息をしている熱い身体は、あの生意気なクソガキではなく、小学校3年のいたいけな少年だ。本降りの雨が降る中、傘をかざす彼女とともにタクシーの後部座席に乗り込み、僕らは病院に向かった。

救急病院

 

幸いにも星彦くんは悪い病気ではなく、診断は風邪。点滴を受けたことで熱が下がり、2時間後には帰宅OKとなった。念のためにまた僕がおんぶをすると、背中から小さな声がする。

「ありがとう、パパ」

えっ、なんだって!?

「奈津美にプロポーズしてもいいよ。許す」

僕の肩に回した手がギュッと締まり、ついでに首までギュッと締め上げて、星彦くんは「ヒヒヒ」と笑った。ポロポロとあふれてきた彼女の嬉し涙はもう止まるところを知らない。

 

いつの間にか雨が上がった夜空には、キラキラと星が輝き始めた。まるで未来は明るいと暗示しているようだ。これから会社に僕たちの関係をどう告げようか、彼女と僕の両親をどう説得しようかといった難題は山積みだけど、何とかなるだろう。なにせ同士の結束は2人じゃなくて、頼もしい味方を加えた3本の矢なのだから。

「家に帰ったら、七夕パーティーをやりなおそうぜ!」

「こらっ、病人は大人しく寝てろ!」

「うるせージジイだな」

新米パパと新米息子のやり取りを聞いていた直属上司からお叱りが下った。

「明日は10時から企画会議です。プレゼンの準備はできてるんでしょうね。星彦も、算数の宿題は終わったんでしょうね。」

尻の下に敷かれる男2人の未来は・・? まあこれも何とかなるさと、僕たちはますます星の数が増えていく夜空を見上げた。

天の川


毎年7月7日にアップしている短編小説は13本目となりました。どんな主人公にしようかと登場人物を設定してから、ラブストーリーを組み立てるのが私の書き方。七夕にかこつけるのが難しいのですが、登場人物が2人よりも3人のほうがシーンが広がって書きやすくなります。

今回はテレビドラマに出てきそうなシングルマザーが年下の部下と恋に落ちる話。もう1人の頼もしい男性がキーパーソンです。お気に召したらシェアして頂けると嬉しいです。

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