書き下ろし短篇『私のこと、愛してる?』

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「お綺麗ですよ。またお待ちしております。」
元気な声に見送られて、いそいそと美容院のドアを開けた。駅に向かって花柄の傘をポンと開けば、七夕の夜はもう3日も続いた雨降り。今夜のデートに向けて巻き髪にしてもらったのに、いくら傘の角度を変えても、湿気でカールは取れていくばかりだ。おしゃれするために会社を早退した罰が当たったのかな。

今夜の待ち合わせ場所は、彼の会社がある駅。街の再開発に向けたジョイント・プロジェクトで、二年前から同じチームとなった私たちはアフター5に時々、仕事にかこつけて二人飲み会をする。まずはスタバで資料を広げて打ち合わせをし、要件がまとまったら「さあ、どこへ食べに行こうか」のお楽しみ。ベルギービールと自家製ソーセージの店、カウンター席だけのリーズナブルなフレンチ、魚河岸直送のお刺身が山盛りの居酒屋・・、行きつけの店は確かで居心地がいいけれど、いつもと同じ風景、いつもと同じ味。割り勘で飲んだらいつもの時間となり、どちらかの部屋に泊まることも暗黙の了解となっている。歯ブラシはもちろん翌日の着替えまでキープした、ちょっと鮮度の落ちかけた関係かもしれない。

 

濡れた傘を畳んで押し込まれた、終電に近い各駅停車。
「今夜はあなたの部屋?」
電車の窓ガラスに映った彼の顔が「うん」とうなづく。
「美容院に行ったんだけど、髪が雨でボサボサになったから直せるかな。」
大きなあくびをしながら、ネクタイを緩めてうなづく顔は、彼女の努力に気付かないオトコ。それなら勇気を出して言ってみよう。今まで一度も聞けなかったことだ。

「ねえ、私のこと愛してる?」
反応を伺う前に、電車は乗換駅に着いた。

 

駅構内に最終電車のアナウンスが流れて足早になる彼。私はピタッと止まり、小さくなっていく後姿を見ていた。振り向いてくれるかな、戻ってきてくれるかなの期待が遠ざかる。改札口に入ったところまで見届けた後は、溢れる涙で何も見えなくなった。どうして振り向いてくれないの?今日の変身に可愛くなったねと言ってくれないの?

改札口

くたびれた格好のまま24時間営業のファストフード店に入る。見る影もないヘアスタイル、車が撥ねた泥水で水玉模様ができた白いワンピース。心配して欲しい「悟ってちゃん」をやらかした自己嫌悪で、スマホの電源を切った。紙コップのコーヒーは冷え切って、窓に叩きつける雨はますます激しさを増す。これじゃ彦星と織姫は120%会えないよね。

 

「コーヒーをお取替えしましょうか」。
首を縦に振って顔を上げると、頬杖をついて私をのぞきこんでいる彼。
シティホテルのカードキーを見せ、大きな紙袋を指さした。そこに入っているのは彼の部屋に預けておいた私の着替えで、念のためとドライヤーまで入っている。
「その服はホテルでクリーニングに出して、仕上がったら僕が取りに行くよ。打ち合わせのついでだからね。」 打ち合わせ?新しい仕事のミーティング?何、何?

 

一年後の素晴らしく晴れた日、私たちはそのホテルで結婚式をあげた。合同プロジェクトは成功し、今は別々のチームに属している。時間がうまく合えば行きつけの店で飲んで食べて、相も変わらず混んだ各駅停車に乗る。窓ガラスに映る亭主となったオトコの顔を伺って、あれっ、あくびしてネクタイを緩めながら何か言ってるなあ。
「アイシテル、アイシテル、アイシテル・・・」

次の乗り換え駅では走らずに、ちゃんと手を引いてね。クシャクシャッと笑った私のお腹には、愛の結晶がすくすくと育っている。

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毎年7月7日に書いている小さなラブストーリーが9回目となりました。ということはこのブログも長く続いてきたんですね。お読みくださっている皆様に大感謝!です。くれぐれもですが小説は実体験ではなく、想像力の産物です。

その一方、これまでの切ない思い出をオムニバスにして、『赤いやねの家』のタイトルで、引っ越しをテーマにした小説を出す予定でおります。家族、恋人、友だち、ペット等々、住んでいた家、無くなってしまった家にまつわるエピソード。心の整理をしながら、これから執筆活動に入りますね!

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