立飲み屋の職業体験記

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逗子市に大雨警報が出た水曜日、私は生まれて初めての飲食業を体験した。たった一人で飲み物・食べ物を振る舞う一日店長にチャレンジしたのである。1か月前にマスターと冗談で会話しているうちに日にちが決まり、名前をカレンダーに書きこまれ、噂が広まるうちに逃げられなくなった。

逗子なぎさ通りにある「三遊亭」は8年ほど前、大手電気店にいた社員が脱サラして始めた、広さ3坪の立飲み屋。社長・サラリーマン・自由業・フリーター・年金生活者など、立場の違うみんなが顔馴染みとなって対等に言い合い、毎日のように集う場として有名だ。混みあう日はラッシュアワーの電車みたいで、カウンターとのグラスの遣り取りも客づてに行う。

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前日の7日に食材を買い込んで、Illustratorでメニュー表を作成。8日は朝9時から野菜や肉を切ったり炒めたりの仕込みを始め、電気釜で「ほたてご飯」を炊いてお握りにし、何とかお昼過ぎに10品の用意が整った。持ち込む調味料や鍋等をあれこれ準備しているうちに、店に入る約束の時間がくる。

生ビールの入れ方、焼酎やリキュールの分量の計り方、コンロの使い方、ゴミの出し方・・、マスターに教わっているうちに午後4時の開店時刻。暖簾の外は雨足が強まり、これじゃ来客は見込めないとホッしたような、ガッカリしたような気持ちになる。しかし元気な常連たちが顔を出し始めると、「生ビール!」の注文攻撃が開始だ。初めてのビアサーバーは第一の難関。グラスを傾けて静かにビールを注いだら、レバーを切り替えて泡をこんもりと乗せるテクニックは、実践しながら慣れるしかない。

料理の注文が入りお皿を用意しているうちに、次のお客から「コーヒー酎!」「トリスウィスキーのソーダ割り!」と声がかかり、これは幾らだったっけ?とお釣りの計算。誰が何を注文したのか順番を思い出しながら、狭いキッチンのまな板や洗い桶は物でいっぱいになっていく。手が4本欲しいとマジに思う忙しさである。

通勤帰りの人たちが逗子に着く頃は、道路に川が出来るほどの土砂降り。それでも律儀に顔を出してくれる友人たちに感謝しながら、夜は更けていった。そこにまさかのゴジコ女史が登場。「お皿をちょうだい」と言われて数枚渡すと、家で作ってきたという煮物を盛りつけ、お客たちに配り始めた。「美味しいでしょ。私は料理が得意なんだから」と、食べない人には無理やり箸で餌付けしている。この様子を見て、客でいるときには分からなかった店側の事情に初めて気が付いた。

飲食店に食べ物を持ち込むことは好意と言えず、どれほどの迷惑になっているか。一品100円の料理をせっせと出しながら日銭を稼ぐ商売なのに、持ち込みの品でお客の胃袋をいっぱいにさせてしまうのは営業妨害に他ならない。私も今まで似たようなことをしていたなと猛反省。お土産は個人的にこっそりと渡す。沢山飲んで沢山食べて、でなければちょくちょく顔を出して、お金を使ってあげることが小さな店への礼儀なのだ。

深夜になって軒下の提灯を消し、「いちげんさん」のお客の人生相談に乗っているうちに、タクシーも呼べない時間となった。眠気を我慢しながら店内を片付けて売り上げを計算し、何とか終了したのは午前4時近く。外はまだ雨がしつこく降っている。立ちっぱなしだったので腰が吊りそうな(?)ほど痛くなったけれど、戸に鍵を閉めてシャッターを下ろす音を聞くのは、たぶん職業的快感である。

帰宅して明け方のベッドに潜り込んだら、1分もしないうちに爆睡。これこそ幸せな眠りだ。人の本質を沢山見せて戴き、ごちそうさまとありがとうを戴き、しかも儲けまで貰えるとは、客商売の職業体験がこんなに人生にプラスになるとは思わなかった。マスターは「みんな一回やったら病み付きになるんだよ」と言っていたけれど、次はいつになるかなあ。秋の食材が出そろった頃に、もちろん晴れた日に、もう少し要領よく開店できたらいいなと思っている。

コメント

  1. とら より:

    次の次くらいの店主お立ち台は、小説のAmazon予約特典にしてください。一等賞が人生相談付き立ち飲み券。んで二等賞くらいにHP診断文章添削付にてお願いできればと。小説とても楽しみです。

  2. yuris22 より:

    とら様

    ありがとうございます。何となく要領がつかめたので、次回の立飲み屋店主は予告することに致します。涼しくなって、焼酎のお湯割りが恋しくなる頃がいいかな。遅い時間は私も飲んで、しみじみとお話しできれば幸せです。

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