書き下ろし短篇『平均寿命100歳まで生きる私の恋愛』

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2045年には平均寿命が100歳に到達すると、世界の研究者の多くが予測してるという。その頃は後期高齢者となっている自分を思い浮かべながら、今日が50歳の誕生日。占いによると7月7日生まれの女性は愛情深く、同時に多数の事柄を進行できる器用さを持っているそうだ。

お局様として勤めてきた会社では、IT時代について行けず早期退職に志願した。退職金が出たら中古マンションを買って終の棲家とするか、家つきの男性と結婚するか、二者択一の未来が進行中だ。オバさんに相手が見つかるのかと笑われそうだけど、出会い系で知り合った男性と二股かけて付き合っている。

正樹は5歳年下の中小企業経営者で、バツイチ、母親と同居。
一郎は15歳年上の定年退職者で、奥さんと死別、1人暮らし。
デートは日をやりくりして誤魔化してきたものの、一緒に過ごそうと提案された誕生日のダブルヘッダーは難しく、条件が良かった正樹を選んだ。

幕張のホテルでスイートに一泊し、子どもみたいにディズニーシーで遊ぶ計画。生ミッキーマウスに会えるなんて何十年ぶりだろう。一郎からも「誕生日は何が欲しい?」と聞かれたけれど、年金暮らしの高齢者におねだりしづらくて、その日は女友達と温泉に行くと嘘をついた。

大台に乗っても若見えしなくちゃ。サマーセールで買ったカーゴパンツとロゴTシャツを着て、待ち合わせの駅へと急ぐ。お泊りセットを入れたミニボストンには、恥ずかしながらフリルのついた新品の下着も忍ばせてみた。

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リュックを背負った家族連れで賑わう土曜日のターミナル駅。改札口で5分待ち、10分待っても正樹は現れない。「待ってます」とメッセージを送ったまま既読にならないLINEに、30分が過ぎた頃にやっと返信がきた。
「母親が急に具合悪くなって病院に連れて行ってた。大したことなくて今、家に戻ったところ。遅れるので先にホテルで待っててくれる? フロントで名前を言ったら部屋に入れるようにしておく」

大丈夫?家にいたほうがいいんじゃない?と気遣いつつも、必ず行くからと言う正樹のメッセージが嬉しい。電車に乗って数10分、ハリウッド映画に出てくるみたいなホテルに着いて先にチェックインした。

窓から眺める空が水色からオレンジの夕映えへ、やがて濃紺の星空に変わったころ、ドアチャイムが鳴って正樹が到着。部屋に入らないまま、すぐに予約してあるレストランに行こうと言う。

メインメニューが彼に渡され、キャンドルを灯したテーブルで乾杯。私はピンクシャンパン、正樹はソフトドリンクだ。
「せっかくの誕生日なのにごめん。母親のことで、今日はやっぱり家に戻らないとダメなんだけど、用意していたプレゼントを渡したかったんだ。開けてみて」

渡された小箱には誕生石の指輪。付き合い始めてまだ3カ月なのに、小じわが目立つ年上の女にプロポーズしてくれるの!? でも次の言葉は期待とはちょっと外れていた。

「こういうの趣味じゃないかな。取引先の展示会で勧められて、うちの社で扱おうと思ってる商品なんだ。君はセンスいいから、的確な感想を言ってくれると思って。」
私は早とちりがバレないようにするのが精いっぱい。「そうね、いいんじゃないの?」と高飛車な返事をして、シャンパンのリクエストをした。

ディナーを終えて部屋に戻り、1時間ほどベッドで過ごした後に、正樹は車で自宅に戻って行った。そのまま寝てしまえない私は、薄暗がりの中で目が冴えている。スイートでポツンと朝を迎えて、明日は女一人ディズニーだなんて絶対に無理。ベッドサイドの時計を見たらまだ電車が動いている時間なので、チェックアウトして帰ることにした。

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昼間と違って、休日の深夜となれば電車の乗客はまばら。夏は始まったばかりなのに、秋が訪れたような侘しい風景だ。でも薬指にはプレゼントの指輪が光っているから平気。50歳のお局様だって、年下の社長に巡り合えたんだから、私は勝者だし無敵だ!と口角を上げてほほ笑む。それなのに真っ赤なルビーめがけてポツン、ポツンと涙が落ちていくのは何故なんだろう。

商店街のシャッターが下がった私鉄の駅で降り、トボトボ歩くこと15分。灯りがついていない賃貸マンションの我が家を見あげて、少しだけ肩の力が楽になった。

 
エレベーターを降りてドアの前に立つと、隅のほうに手提げの紙袋が置いてある。貼り付けた付箋紙には「誕生日おめでとう。邪魔にならないものを入れました」との走り書き。紙袋にはトマトやキュウリなどの野菜たち、京都の漬物、新茶のパック、クッキーの詰め合わせ缶などがゴソゴソと入っていた。

誰のプレゼントかは推して知るべし。「ちゃんと栄養のあるものを食べてる?」が口癖の一郎が置いていったのだろう。私の実家はとうに無くなっているけれど、田舎の母親から届くごちゃまぜの荷物みたいに、あたたかくて切ない。武骨な65歳の高齢者が一つ一つ吟味しながら詰め込んだ食べ物は、きっと美味しいものばかりのはずだ。

今夜は女友達と一緒と嘘をついたのだから、ガラケーにお礼の電話はできない。そして私がホテルで熟睡していると信じている正樹にも、家に帰ったとはLINEできない。肩をすくめて部屋に入り、テーブルに2人からのプレゼントを並べた。透き通ったルビーを照明にかざして眺めながら、熟したトマトに丸ごとかじりついて、♪Happy Birthday to Me♪と歌ってみる。

正樹と一郎が結婚相手として「帯に短しタスキに長し」なら、今の私は「無用の長物」だ。終わったキャリアが正視できないまま、正樹に対しては若作りしようと焦り、一郎に対しては15歳も年下なんだからとお姫さま気取り。何やってんの?と恥ずかしくなって、♪Happy Birthday to Me♪はワンフレーズしか歌えなかった。

 
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朝になったらネットを見て、新しい職を探そう。50歳になって条件は悪くなったけれど、女一人生きていけるぐらいの仕事は見つかるだろう。だけど婚活は続けさせて。一挙に何もかも失くす勇気が足りず、小ずるいと知りながらも、恋愛は女の最後の糧になる。

2045年には平均寿命が100歳に到達すると、世界の研究者の多くが予測してるという。その頃に正樹は後期高齢者となり、一郎は墓石の下にいるだろう。行くあてのない私はもしかしたら老人介護施設で誕生日を迎える。それでも七夕の短冊に書く願いごとは「いい人が見つかりますように」。隣りのおじいさんに手を添えて、ルビーの指輪と完熟トマトの思い出話を何度も語っているかもしれない。

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毎年7月7日に書いているラブストーリーが12回目となりました。今回は年齢を上げて50歳の独身女性が主人公です。少子高齢化が進み、誰もが何かしらのハンディを持って生きていますが、恋をするのは幾つになっても自由です。一本の長編小説になる恋もあれば、短編集に綴る恋もあるでしょう。でも恋のサイズは文章の長さには比例せず、泣いても笑っても腹が立っても、一つ一つが懐かしいエピソード。あなたのオリジナルラブストーリーが現在進行形なら、終わることなくずっと続いていくことを願っています。

コメント

  1. こまちゃん より:

    毎年のこの日を楽しみにしています。(^^)

  2. リオ より:

    女性心理がリアルにかつユーモラスに書かれていて面白く読みました。また来年期待してます。

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