書き下ろし短篇『七夕飾りの短冊と女心』

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僕:
今年の七夕は土曜日。生まれた時から都会のマンション暮らしで、天の川も見たことのない一人娘のために、久しぶりに僕の実家に帰ることを計画している。車で5時間の不便な田舎だけど、田んぼではカエルが合唱し、小川では蛍が光の輪を描く風景は変わらずに存在して、満天の星たちは手が届きそうなほど近い。織姫と彦星は本当に空に見えるんだよと娘に教えてあげるつもりだ。

しかし困った問題がひとつ。親父が死んでから1人暮らしで、「海苔巻を作って待ってるからね」と受話器の向こうで喜ぶ母とは対照的に、ふてくされ顔で「私は絶対に行かない」と宣言する妻がいる。今年の正月に家族3人で帰った時には普通だったのに、能天気な亭主には分からない嫁姑の確執でもあるのだろうか。

私:
雑誌の懸賞で当たったレストランのディナーチケット。娘を友だちに預かってもらうから、七夕デートをしましょうと主人に提案したのは1カ月前だった。「うん、分かった」と頷いたくせに、すっかり忘れてるなんてどういうわけ?お義母さんに電話している背中を睨みつけ、私は大きな音を立てながら夕食の後片付けをしている。

テーブルの隅にずっと置きっぱなしのチケットは、すぐ近くに存在していても目に入らない女房と同じ。新しい服を着たって気付いてくれない。相談事を持ちかけても適当な相づち。「仕事と私とどっちが大事?」なんて聞ける間柄は過ぎ、無言の態度で当たる可愛げのない自分にもイライラしているのだけど。

七夕飾り

僕:
食事を終えた金曜の夜。ソファーでテレビを見ていると、娘が「パパ、これ飾って」と幼稚園で作った七夕飾りを持ってきた。ベランダの柵に紐で結ぶと、笹にぶら下げた折り紙の星や短冊がサヤサヤとやさしく揺れる。ひらがなの願いごとは「ふうふえんまん」って、ちょっと待て、いったい誰から教えて貰ったんだろう。

首を傾げているところに「パパのお願いは?」とクレヨンを持ってきた娘に、そうだなあ、何を書こうかと手ごろな紙を探した。ちょうどテーブルの隅に細長い用紙を発見。何かのチケット? しまった、僕は大事なことを忘れていたようだ。

私:
キッチンの洗い物を終えて、ボストンバッグに夫と娘の衣類を詰め込みながら、ボーッと手が止まる。ディナーチケットの有効期限はまだ残っているんだし、レストランはキャンセルして明日は私も田舎に行こうかな。リビングからは主人の話し声が聞こえてきて、何かを一生懸命頼み込んでいる様子だ。

僕:
宝石のような夜景を見おろす高層ビルのレストラン。残念ながら星は見えなくてもテーブルの向こう側には、めかしこんだ織姫が微笑んでいる。予定変更で母には急きょ東京に出てきてもらい、会うのを楽しみにしていた孫娘と一緒に留守番を頼んだ。メインディッシュを終えて腕時計をチラリと見た妻は「デザートは帰って食べましょう」と、ケーキ4人分の持ち帰りをオーダー。明日は朝からみんなで上野動物園にパンダを見に行くことになり、母に海苔巻の作り方を教えて貰う約束をしているらしい。せっかくの七夕デートなのにもう帰るとは、女心はなんて不可解なんだろう。

私:
約束を守ってくれてありがとう。おしゃれして貴方にエスコートしてもらって、ワインを飲んだら大満足。来月こそは田舎に帰って、カエルの大合唱と旧暦の七夕を楽しまなくちゃね。今度のクリスマスとお正月はお義母さんを我が家にお呼びしましょうか。幸せのプランなら幾らでも心の短冊に書いてあるのよ。

娘:
おばあちゃんからまた教えてもらった言葉、「ひゃくせんれんま」、「としよりはいえのたから」ってなあに? 短冊に書いて笹に吊り下げてみたけど、パパとママが帰ってきたら教えてもらうことにしよう。

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毎年7月7日に書いている小さなラブストーリー。もう6回目になりました。
今回は「僕」と「私」が交互にモノローグする夫婦の物語です。やっぱりハッピーエンドがいいよね!(^^)!

コメント

  1. 亀吉 より:

    思わず引き込まれて、頷きながら読んでしまいました。ほのぼのと優しい気持ちになれました。ありがとう!

  2. 的は逗子の鈍亀素浪人 より:

    僕も織姫様をさがそう~~っと。

  3. yokoyoko より:

    あたたかい気持ちが伝わってきました。ありがとうございます。七夕のラブストーリー、いつも楽しみにしています♪

  4. 華莉 より:

    ハッピーエンドで良かった!あとは…お天気だけが心配ですね。

  5. こちらは、せっかくの七夕なのに昨日から今日の昼まで降り続いた雨のせいで、星空は見えません。久しぶりに嫁の実家でご馳走になっています。横には、すっかりお酒に弱くなった義父が寝息をたてています。ご無沙汰ばかりの義理の息子に言いたいことは一杯あるのでしょうが、それを言う前に眠ってしまったようです。風の音しか聞こえない夜に素敵なお話をありがとうございました。

  6. MOMO より:

    大好きなゆり子さん。
    今年も楽しみにしていました。
    <幸せのプランなら幾らでも心の短冊に書いてあるのよ。
    ゆり子さんの優しさが、離れていても いつも覗える素敵な‘今年’です。  ダーイスキ!

  7. yuris22 より:

    管理人より

    皆さんに気に入って頂けて最高に嬉しいです。
    七夕というシチュエーションで書くため試行錯誤しますが、こうしてストーリーを溜めていけるのは楽しいな。ブログを続けてきた甲斐がありました。ありがとうございます!

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