書き下ろし短篇『七夕デート』

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ハルキと私、そしてもう一人。飲みに行くとき遊びに行くとき、私たちの隣にはいつもナツオがいた。学生時代からの倦怠期カップルは二人だと無口になりがちだが、気の置けない友人が一人加わることで会話が弾むのだ。大学を卒業し社会人になってからも、私たちより二つ後輩のナツオはデートに欠かせないカンフル剤になっていた。

 

そんな不思議なトライアングルに変化を起したのは、突然のプロポーズ。仲良く三人で遊ぶクリスマスイブに、ハルキは胸ポケットから指輪を取り出して私の指にはめたのだ。目を丸くして一部始終を見ていたナツオは「ご婚約おめでとうございます」と、ぎこちない敬語で祝福をくれた。

婚約指輪

だけど浮気性のハルキは婚約者になっても悪い癖をやめられない。「愛してるのはお前だけだ」と言われたって、携帯の電源が切られている日には疑いたくなる。そんなときにはナツオを呼び出し、さんざんに酔っ払って愚痴をこぼすのがいつものパターンになっていた。「元気出せよぉ」と私の肩を抱く温かい手が大好きだったからだ。いつしか私たちは指を絡めて擬似恋愛みたいに妙ちくりんな気分になる。
「ハルキと私、合わないと思う」
「愛してないの?」
「嫌いじゃないけど、よくわからない」

 

酔いすぎた私はその夜タクシーが行くまま、繁華街を外れたラブホテルにいた。乾いた喉にナツオがミネラルウォーターを口移しで流し込み、開いた足の間にゆっくりと腰を沈める。
「どうしてここにいるの?」
「貴女が誘ったんだよ。三軒目に飲みに行く途中で・・」
それが本当かどうか、思い出す気力も後悔もない。今はセックスしているだけのことだ。熱い一点を突き刺すリズムがだんだんと激しくなり、行き場のない私の両腕は彼の背中にしがみついて果てた。
「俺、彼女が出来たんだ。付き合い始めたばかりなんだけどね。今度会わせる」
今までそぶりも見せなかった新しい恋を、私の髪を撫でながら告白するのはなぜ?
「ふうん、良かったじゃない」と裏腹な返事をして目を閉じた。「私のことはどう思ってたの」と本当は聞きたかったのに。

 

それから一週間後、ダブルデートをしようと待ち合わせた七夕の夜。ナツオの腕を借りた彼女は、あいにくの大雨にも関わらず水色の浴衣と慣れない下駄履きで挨拶した。まとめ髪が初々しい大学一年生だ。
「お前こんな若い彼女作って犯罪じゃないのか」
さんざん茶化したあと、約束していたSFアクションを四枚買おうとするハルキの腕を私は無理やり引っ張った。
「気が変わった。やっぱりお笑い系がいい。終わったらここで集合しようよ」
「なんだよ、相変わらずわがままだなあ」
カップルはそれぞれ違う映画の入り口に分かれて、また後でねと目配せする。

予告編のあと始まったのはどの雑誌でも酷評されているドタバタコメディ。馬鹿笑いしながらポップコーンを口に放り込むハルキの隣で、私の心の雨は激しくなり涙がポロポロ止まらない。
「なんで泣いてんの?」
「だってあんまり下らないんだもん」
「だからあっちの映画にすればよかったんだよ」
滲んで見えないスクリーン。抱き寄せる手。懐かしい匂いのする肩に頬を埋めて、一夜の恋にさよならの涙を拭った。

Copyright by Yuriko Oda

コメント

  1. 的は逗子の素浪人 より:

    「私」の愛はどこにあるの?

  2. marie より:

    なんか、「夏の切ない恋」って感じですね(^-^)
    それに、表現がリアルで官能的ですね。
    なんか昔の恋を思い出しました。
    私が体験した「夏の恋」は夏に始まり、一年後の夏に終わってしまいました。
    今では良い思いでです。

  3. 亀吉 より:

    う~ん、さすがは恋愛の達人!
    心の底の深い部分が浮き彫りになっています。

  4. yuris22 より:

    的は逗子の素浪人様

    「私」は愛を探しているのです。その対象はどちらの男でもありません。いつか続編を書きますね。

  5. yuris22 より:

    marie様

    夏に始まり夏に終わった恋とは、いいヒントを戴きました。ブログを始めて3年目。7月7日にはこうして短篇小説を書いているのですが、来年のテーマが決まりましたね。

  6. yuris22 より:

    亀吉様

    「ご趣味は?」と聞かれたら、「恋愛」と答える人生もいいなと思っています。早く長編小説を書けとあちこちからお尻を叩かれつつ、誰をネタにしようかと熟考中。特別サービスで亀吉さんのお店も登場させますから、マンデリン一杯おごってね。

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