六本木の今昔物語

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不況が続いて、花木(ハナモク)という言葉はすでに死語。
それでも昨夜はプチ忘年会で、東京メトロ六本木駅に降りた。夜6時半といえばアフター5族が闊歩する時刻なのに、賑わっているのは交差点近辺だけで、東京ミッドタウンまで行くと人影も侘しくなる。華やかなしり頃の六本木は何処へ行ったのか、街の変貌にしばし足を止めた。

東京ミッドタウン1
東京ミッドタウン2

私がこの街を遊び歩いたのはディスコの全盛期。
お立ち台とVIP席の常連であることを自慢する小生意気な娘だった。ネペンタ、ギゼ、ナヴァーナ、パシャクラブ、玉椿・・・と顔パスで回った後、明け方にチャールストン&サンでパスタを食べて帰る毎日。
真夜中に「おはよう!」と集う仲間が何の職業かも知らなかったけれど、どこかの御曹司はクスリで病院に入り、憧れのDJはセールスマンになり、ジャガーを乗り回していたディーラーは田舎に帰り、それぞれに卒業が訪れた。

次にまたやってきた六本木時代は、物書きの仕事をスタートした頃。
音楽関係者が集まる「Wonderful Tonight」というレストランバーがあり、私もリハーサルや録音の後にふらりと足を向けていた。BEGINがデビュー前から来ていた店でもあるし、いつだったかサザンの桑田さんがスタッフと共に訪れ、店を閉めてチークダンス大会をしたこともあったっけ。

ドアを開ければ’70~’80年代のウェストコーストサウンドが流れ、オーナーのワラちゃんがお客のテーブルに混じって朝まで談義する。儲けがあった日はタクシーで帰り、オケラな日は代官山まで歩いて帰るという彼は、みんなに慕われた兄貴だった。
そしてある日、店には定休日でもないのにClosedの札。元気でいるのか、それ以来連絡先さえわからない。

時は流れ、ビルは次々に建て代わり、今はディスコの代わりにキャバクラの看板が並ぶ。コートの下にパーティードレスを覗かせた女の子たちは仕事へと向かう。
六本木は夢の終わりか夢の途中か、私の居場所がないことだけ確かな街になった。

コメント

  1. 素浪人 より:

    >私の居場所

    わっしの居場所は「たてば半畳、寝て一畳」。
    この世は流れるばかりなり~~~~。

  2. muha より:

    おはようございます!釈迦に説法…ではないけど…六本木の精養軒…ん?のハッシュドは確かです。今ならギロッポンお子さま連れ出来ますよん♪ポッポ~

  3. ベリタ より:

    六本木も様変わりしたんですね。

    私も時代を前後して六本木の近くの大学で学生をしておりました。

    平日であろうと夜の帳がおりると、アマンド前は通過するのも難しいくらいに待ち合わせの人で溢れかえっていましたっけ?

    私はさっさと田舎に戻ったのですが、いまでも残念に思うことは、もっとしっかり遊んでおけばよかったと。

    防衛庁の跡地にできたミッドタウンは閑古鳥が鳴いているとの噂を聞きますが、、本当なんですね。 

  4. yuris22 より:

    素浪人様

    経済的な居場所でございます(^_^)
    ちなみに私の居場所は、お酒の入ったグラスの前だったりして・・。

  5. yuris22 より:

    muha様

    六本木の精養軒は行ったことがないんです。
    ハヤシライスはまだこれ!ってのに当たったことがないんですが、いいこと聞きました。今度チャレンジしてみます。

  6. yuris22 より:

    ベリタ様

    私は広尾の近くの大学だったんですが、遊びに行くとなると六本木か渋谷でした。
    今の渋谷は子供だらけで、近づくのを想像しただけでも疲れますが、六本木も質的にランクダウンしつつあります。
    遊び上手な大人たちはどこへ行ってしまったんでしょうね。

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