書き下ろし短篇『君とアキタと七夕の夜』

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今日は朝から緊急事態。会社に遅刻の電話を入れて、僕は慎重に車を走らせている。後部座席には青ざめた表情の君と、膝の上には苦しそうな息遣いのアキタ。動物病院まであと少しだから頑張ってくれよ。そう、アキタってのは君の大事なペットの秋田犬だ。

 

君がアキタを飼い始めたのは三年前。たまたま入ったペットショップで、亡くなったご主人と誕生日が一緒の子犬を見つけて衝動買いしたんだ。七夕生まれのご主人とは同じ営業部の職場結婚で、僕にとっては頼もしい兄貴のような先輩だった。ところが二年前に出先で突然倒れ、心筋梗塞で急逝。心の準備もないまま一人ぼっちになった君を、僕たち同じ部の仲間が励まして見守ってきたけれど、悲しみはそう簡単に癒えるもんじゃない。定期的に家を訪ねる仲間は一人減り二人減りして、今では僕一人になってしまった。

秋田犬

キッチンの戸棚が壊れたとか、家具を移動したいとか、男手が必要になると呼ばれるのが僕。いつの間にやら勝手知ったる他人の家となり、冷蔵庫から自由に缶ビールを取り出して飲むほどになっていた。誰にも打ち明けていない本心を言えば、君のことを好きになったのは先輩よりも先だったのに、恋の営業センスは奥手。大っぴらに交際宣言した二人から「早く彼女を作って四人で遊ぼうよ」なんて言われながら、生返事を返すだけだった。でも先輩が亡くなったからチャンス到来なんてこれっぽっちも思っていない。本当に君が好きだから、君が好きになった人も大切にしたいから、縁の下の力持ちで一生いて構わないと思っていたんだ。それがアキタの登場であえなく退場となったんだけどね。

 

秋田犬は忠犬ハチ公で有名になったくらい飼い主に忠実な犬だ。室内で飼われているアキタは番犬として揺るぎない忠誠心を発揮した。僕が部屋に入るとウーッとうなり声をあげ、君に少しでも近づこうものならワワワワン!と飛びかかってくる。仔犬の頃ならかわすこともできたけど、成犬になってからは太刀打ちできず、訪ねるときにはリードを付けて貰うこととなった。「こらっ、アキタ!」を繰り返す君に申し訳なくて足が遠のくようになり、更にもう一つの理由があってこの半年ばかりは訪ねていない。それはカレンダーを見ながら君がぽつりと呟いた一言。
「七夕の夜は奇跡が起きるかなあと思っているの。一晩だけアキタがあの人の姿になるかもしれないって」
ああ、犬以下の自分。君の心に僕の居場所はないんだと落ち込んだ。

 

そして今朝の電話、久しぶりに聞いた君の声は半泣きで震えている。アキタが嘔吐して痙攣を起こし、呼吸困難になったと言うのだ。すぐに車で駆けつけ、毛布でくるんで動物病院まで運ぶ。君の大切な宝物を二度も失くすなんて、そんなことは絶対にあってはいけない。診察室に入った君たちを待ちながら、窓から見える曇り空に向かって先輩に助けを求めた。

 

やがて数日経って七夕の夜。君の手料理を前に、僕とライバルは仲良くテーブルに並んでいる。メニューは特製ハンバーグ。僕には赤ワインたっぷりのソース、病院で食中毒と診断されたアキタには玉ねぎ抜きで「召し上がれ」。恩義を感じたのか僕を威嚇しなくなったアキタが、さて今晩先輩の姿に変身するか否か、一緒に見届ける役目を仰せ付かった。でもそれって朝まで一緒にいていいってこと?どこで?

 

ドキドキしてる僕の表情に「もう酔っちゃったの?」と笑う君は、未だ手の届かない織姫だけど、いつかは家族になれる日がきっとくると思うことにしよう。未来絵図を思い描いている小心者の膝に、大あくびしたアキタがドカッと頭を載せた。

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毎年7月7日に書いている小さなラブストーリー。今回で8回目です。
主人公にライバルを登場させて、未来発展形の物語にしてみました。今日の逗子は曇り空ですが、皆さんの空は織姫と彦星のデートが見られそうですか。キラキラした恋が沢山生まれますように。

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