友人の訃報を受けて

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「もしもし? あのね、Kさん亡くなったのよ」
先ほど友人から届いた訃報に、返す言葉が見つからなかった。
「やっぱり」と答えるのか「えっ」と驚くのか、予感が現実になったことへ即座な対応ができなかったのだ。

恵比寿に住んでいた頃、週に3回は訪れていた小さなバー。
今年還暦を迎えたKさんは、単なるマスターと客との域を超えた家族のような存在だった。
彼の店に通い始めてまだ1年少々だけれど、スノッブな交友関係とセンスの良い手料理に触れることで、ワンランク上の女になれる気がしていた。

駅から歩くには遠く、常連たちしか知らない場所にある店。
カウンターに私1人が貸切状態の夜も多々あり、経営状態を心配したものだ。
Kさんは不治の病を抱えて、貯金もなく身寄りもいない境遇に愚痴をこぼす。若いうちに放蕩の限りをしつくしたことを悔やんでばかりいた。

年越しも1人っきり同士、暇つぶしの相手をしましょうと、今年のお正月はウエスティンホテルで和食を奢った。
「こんな美味しくないの食べちゃダメ。僕を料理人に雇って、あなたのおうちに置いてちょうだい」
僕と言う言葉を使い見た目は男性であっても、本音は誰より女性らしい感性の持ち主。
プライドが高く繊細すぎる神経には、病を抱え年金も貰えず、見栄は張りつつ店は赤字という生活が居たたまれなかったのだろう。

逗子に引っ越してからは月に2度程度しか行かなくなったことに、Kさんは「帰ってきてコール」を何回も寄越した。
「もう死にたい」という口癖を窘めて、近いうちに必ず顔を出して相談にのるからと約束した。

それから一週間後、Kさんがいきなり私の寝室に現れたのだ。
「ありがとう。さようなら」
きっと錯覚だろうと信じて、慌てて次の日にお店を訪ねたら、中は真っ暗で鍵が閉まったままだった。

そして今日届いた訃報。自宅で孤独死しているのを発見されたという。
あのとき飛んでいってあげれば・・、何時間でも電話の相手をしてあげれば・・と後悔が胸に押し寄せるけれど、たぶん彼の死は避けられなかったことも判っている。

独居老人の孤独死は悲しくて恐く、都会では身近に起こりうる、もしかして私にだって訪れるかもしれない現実なのだ。
暮らしの保護も受けられず亡くなっていく人たちは、どこの土の下に眠るのだろう。

長い間お疲れさま。やっと楽になったね。不死鳥のような白い雲が今日の空を飛んでいる。

不死鳥

コメント

  1. tsune2 より:

    江戸川橋を昼ごろ歩いていた時に、
    何かに呼び止められた気がして、
    大往生したばかりの老人を発見し
    対応したことがあります。
    白昼の人通りの多い都会の道です。
    通りを歩く人はその老人のことが気がつかないようでした。
    息と脈はなくまだ体が温かかった。
    まったくの見ず知らずですが、
    そこにいただけでその方の生前のものが
    見えてきて不思議でした。
    2005-11-08

  2. やーさん より:

    うーっむ、そうですか、、、
    恵比寿1丁目に向かい杯を捧げます。

  3. 詩人たそがれ より:

    >「ありがとう。さようなら」
    感謝を忘れれず、去ったK様。

    >後悔が胸に押し寄せるけれど、たぶん彼の死は避け>られなかったことも判っている。
    心の整理をしていらっしゃる管理様

    精一杯「生きた、生きている」生命を感じます。

    >暮らしの保護も受けられず亡くなっていく人たち>>は、どこの土の下に眠るのだろう。

    「どう生きたか」も大事でしょうが、
    一般人が老後は満足して暮らせる日本を望みます。

  4. 亀吉 より:

    いつも気にしていたもんね。
    でも、ゆりちゃんに感謝していたから、きちんとお礼を言いに行ったんだね。
    友達だよ。

  5. yuris22 より:

    tsune2様

    たいへんな経験をなさいましたね。
    人が多い都会ほど、他人は気づいてくれないものです。
    天国で家族・友人たちに囲まれていることを祈らずにいられません。

  6. yuris22 より:

    詩人たそがれ様

    未来へ何の希望もなく、身体を維持しているだけで精一杯の方々が
    どれだけ沢山いることか・・。
    政府には彼らの心の声が届いているのでしょうか?

  7. yuris22 より:

    亀吉様

    引っ越すときにワイングラスのセットを彼にあげてきたんです。
    とても喜んでお店に並べてくれました。
    行けば必ず1本の赤ワインを空けていましたが、もう注いでくれる
    あの顔が見られないかと思うと、とても淋しいです。

  8. SAKURAGI より:

    はじめまして。失礼いたします。
    僕もこのBARで酒を飲ませていただいたものです。
    Kさんや周りの皆さんにはずいぶんかわいがって
    いただきましたし、思い出も多い店です。

    僕はなぜかK氏に説教をされることが多くなり
    K氏自身も愚痴が多くなっていましたので
    最近は近所に住んでいるのに足が遠のいていました。

    K氏の話は恥ずかしながら今日気づきました。
    店の前を通り、張り紙を読んだのです。
    驚きました。そういえば一週間くらい前に
    店の前のドアに黒いバラが下げてあって
    だれかお客さんが亡くなったんだろうなくらいに
    思っていたんですが。

    人とのお別れは突然やってきますね。
    もうすこしK氏との関係を思いやればよかった
    かな?と凄く後悔しています。

    ご冥福を祈ります。

  9. yuris22 より:

    SAKURAGI様

    書き込みありがとうございます。
    常連さんたちは皆同じ思いを抱いているのですね。

    私のパターンは、開店前に押しかけて赤ワイン1本とお料理を
    2~3品。
    いつも端っこの席で恋愛話を聞いて貰っていました。
    「あなたね、似合いもしないことは止めなさい」と説教された
    ものです。
    他にお客さんがいない時は「僕のことも聴いてちょうだい」と、
    なんだか愚痴の交歓会みたいでした。

    今思えば家族の場所、親友の場所だったと思います。

    ご親族からメールを頂き、今は富山でご両親と一緒に眠ってい
    ると聞いてホッとしています。
    やっと帰る場所を見つけたんだねと言ってあげたい気分です。

  10. Taka より:

    妻とこのバーで9年前に知り合いました。それが縁で結婚したのが2年前。2007年5月に2人で飲みに行ったのだ最後でした。

  11. yuris22 より:

    Taka様

    素敵なご夫婦の方々がいらっしゃるお店でしたよね。
    残念ながら私はここで芽生えた恋はありませんでしたが、友人という財産を
    沢山頂きました。

    一周忌にはみんなどこかで集まるのかな。

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