恋の終わりを決めるとき

広告

その日は午前中から気温30度を超える真夏日。
海が見えるターミナル駅に着いた電車からは、リュックを下げたカップルや家族連れが次々に降りてくる。
平日でも観光客で賑わう温泉都市に、彼女は1人暮らしの住まいを構えていた。

週に1度訪ねてくる彼を待つ改札口。
汗ばむTシャツの裾をつまんで風を入れつつ、自然に綻んでしまう口元をたしなめる。

やがてスーツ姿に旅行鞄の待ち人が、列の一番最後に現れた。
彼女の腰に軽く手を回し、ロータリーに停めた車に乗って家に向かう。

「いつもの店、予約しておいたわ。歩いて行きましょう。」
鞄から普段着を取り出して着替える後姿に、彼女はどうしても聞けない。
(今夜は泊まっていけるの?)

旅行鞄の理由は、神戸からの出張帰り。生チョコレートの箱を2つ、彼女に手渡した。
「これ、冷蔵庫に入れておいてくれる? 1つは君へのお土産。」
(もう1つは誰かさんへのお土産ね)
彼の家庭や他の恋人に関しては、口に出さない暗黙の了解が通り過ぎる。

冷えた白ワインとタパスを楽しむスペイン料理屋。
観光マップにない秘密のビーチでの一泳ぎ。
午後の光の中で抱き合うベッド。
蜩が鳴く夕暮れ。
いつのまにか深い眠りに落ちてしまった彼の背中に、彼女はそっと腕を回す。
(このまま夜中まで起きないで)

でもその願いは、シャワーのあとスーツに着替えることで断ち切られた。
「家に帰って、明日の仕事の準備があるんだ。ごめん、早いけど帰るよ。」
冷蔵庫から取り出したお土産の箱を、鞄に仕舞いこむのを彼女は静かに見ていた。
(もう1人の彼女のところへ行くの?)

電話で呼んだタクシーが来て、いそいそと玄関が閉まる。1人取り残された薄暗闇。
東京行きの電車が出発したころ、彼女は携帯メールを送る。
『また逢えるのかな、私たち』

そしてドアに鍵をかける手が、迷っていた心に鍵をかけた。

コメント

  1. 詩人たそがれ より:

    現実的で、管理様の日記が創作か?、実体験か?(熱海?)

    >彼の家庭や他の恋人に関しては、口に出さない暗黙>の了解が通り過ぎる。

    ⇒刹那=大変短い時間(10の-18乗秒=asec)。
    「恋愛」は「奪う」と言う事?
    「愛」は「全てを受け入れる」と言う事?
    何か、古臭くてごめんなさい。

  2. yuris22 より:

    詩人たそがれ様

    リアルでしたか?
    実体験か否かはともかく、この手のオムニバス形式の
    小説を書こうかなと思っています。

    突き進むには充分歳を取りすぎた大人の恋愛。

    結論まで届かず、心がかゆいままで終わる小説にした
    いと練っています。

  3. サブロー より:

    こんにちは。
    勝ち組ブログから来ました。
    それではまた。

  4. 梅太郎 より:

    恋愛って何なのだろう?って考えさせられました。
    たまたま好きになった人が既婚者だったり遠距離だったりするとかえって燃えたりして。

    世間から「それはダメ」と罵られるとかえってしてみたくなる。

    ドラッグみたいなものなのかな。

    全ての条件をクリアした「お見合い」とかいうシステムで家族になってゆく人達の価値観を私は心底理解できません。

    ロマンティックなエッセイこれからも期待してます。

  5. yuris22 より:

    梅太郎様

    「恋愛」という言葉、どうして「恋」と「愛」を
    一緒にするのだろうと考えます。

    恋はいつか愛に形を変えて、永遠に続くことを
    望みたいからでしょうか。

// この部分にあったコメント表示部分を削除しました
タイトルとURLをコピーしました