悪い縁にさようならと感謝

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携帯やPCに溜まったメールを削除するタイミングは難しい。広告メール等はすぐゴミ箱に捨ててしまうが、友人や仕事関係のメールは機種を新しくするまで保存したまま。氏名別に分けたフォルダを見ながら、交信が遠のいている人の近況を想像したりする。

毎日チェックしにいく岩満羅門先生のブログで、とても共感できるアドバイスを得た。引用させて戴くと、【良い運・悪い運】第2回で読んだ「良い運が来る支度」についてだ。自分の周りで、どうも自分に良い運をもたらさない人や、付き合ってはいけない人とは生活を切り離しなさいと述べられている。いきなり別れを切り出すのでなく、さり気なくさり気なく関係を遠ざけて、縁を切っていく。その人数分が空いたキャパシティには、同じ数だけまた誰かが入り、良い運を持った人と縁がつながる可能性があるという。

メールフォルダを開いて、縁が遠くなった人を確かめた。美辞麗句やお世辞を並べて、他人を利用しようとする人。神仏に祈る傍ら、人間に対して奢り高ぶり、自分の自慢話をする人。質素倹約をアピールしながら、お金の匂いに擦り寄っていく人。古いメールが言葉巧みであるほど、時間を置けば置くほど、現在とのギャップや嘘が見えてくる。彼らは一見「いいひと」であるが、心の奥には手を差し伸べようもない暗い底なし沼が広がっているのだ。たぶんその沼を悪い運と言うのだろう。

彼らとの付き合いが遠のいて得た時空。そこには悩みを聞いてくれる新しい友人が出来ただけでなく、昔の人間関係が戻ってきた。「元気でいる?」と懐かしい声の電話は、良い運を持っている人たちだからこそ、忘れずに戻ってきてくれたのだと思う。本当にありがとう!

20代のころ、文筆業の師匠に「悪照れするな」と何度も叱られた私は、やっと今の年齢になって素直に感謝が言えるようになった。だからこそ、去っていく人たちにも「ありがとう」。私にだって至らないところは山ほどある。あえてメールは送らないけれど、鍛えられ成長させて貰ったことを感謝したい。

コメント

  1. 的は逗子の素浪人 より:

    最近、拙者も舵を少しばかり取りました。
    運が良くなることを期待して。

  2. marie より:

    確かに、たまったメールを削除するタイミングは難しいですね。
    あと、アドレス帳を見ると全く連絡を取らなくなった人も結構いますね。
    メルアド交換とかって結構いいようで悪い事もあって微妙な行為かもしません。

  3. yuris22 より:

    的は逗子の素浪人様

    おや、意味深なコメントですね。次回の飲み会の時に教えてくださいね。

  4. yuris22 より:

    marie様

    メルアド交換といえば、私は未だに赤外線通信がよくわかりません。携帯のどこにポートがあるのか、試行錯誤しているうちに時間切れになります。分厚いマニュアルを読むのが面倒で、ヒラメキに頼るのが失敗のもとだと分かってるんですけどねぇ。

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