弱いもの勝ちという感情

スポンサーリンク

先日、とある居酒屋で男性たちに交じりミニ宴会をしていた時のこと。これからの時代はどんな店を開けば当たるかと、飲んだ勢いで豪勢な話が飛び交っていた。文筆業の私は末席ではあるが、実業を営む家に育ったので多少はその世界も知っている。

宴が2~3時間経ち、仕事を終えた顔見知りのスタッフが加わってきた。彼女にお疲れ様の乾杯をし、私たちはそれまでの話の続きに戻る。すると立て続けにビールをあおった彼女が、いきなり私に向かって怒鳴りだしたのだ。
「一日働いても600円にしかならないパートの気持ちが、幸せなあんたに分かるの!?」

日本の最低賃金からして一日600円はないと思うが、家計を補うために彼女がパートで働いているのは聞いていた。がむしゃらに働いても叶わない夢を、飲んだ冗談話でしている私が許せなかったのだろう。

「あんたなんか10年経ったら誰も男が相手にしてくれなくなるよ。知ってる?私はあんたより5つも若いんだからね」

ろれつが回らず、血走った目に涙を溜めて、何が言いたいのか意味不明だ。毒を吐くとはこれを言うのだと思った。

仏教では「貪(とん)・瞋(しん)・痴(ち)」を三毒という。「貪」は「むさぼり」で、必要以上にむさぼる欲。「瞋」は「いかり」「にくい」で、怨念ともいえる怒り。「痴」は「おろか」で、愚痴や嫉妬。どれも潜在意識の底辺にあって人生を大きく操るものだが、ミックスされると怖い。欲しいものが手に入らないことにあきらめが生じると、怒りと嫉妬で自らを焼く火炎地獄に陥ってしまう。

努力だけでは補えない不平等さをみんな知っている。能力や容姿、財力の差は、上には上がいるし、下には下がいる。自分からは見えない世界にいる人たちは、そのステージでの戦いがある。「パートの気持ちが分かるの!?」と怒鳴る彼女に対し、ホームレスが「俺たちの気持ちが分かるのか!?」と聞けば、何て答えるのだろう。まるで弱いもの勝ちの世界だ。

嫉妬は相手に負けを感じたときに起きる感情だ。しかし人間本来の「価値」とは、競争で得る「勝ち」とは異なると思う。心の広さ大らかさは、思い込みを捨てることで得られる至上の宝物である。

他人を揶揄する暇があったら、自分の頭のハエを追え。毎日鏡を見て、眉間の皺を伸ばせ。自分の心に対してポジティブに善を働きかけることが、幸せを手に入れるベストな方法じゃないだろうか。

コメント

  1. セリカ より:

    はじめまして。

    セリカと申します。

    ゆり子さんのブログは、以前から気になっておりました。今日は、時間もあったので、じっくりと読ませて
    いただきました。なるほど!と思う記事が多く、関心するばかりです。

    とても、印象に残ったのは、「人間本来の「価値」とは、競争で得る「勝ち」とは異なると思う」という
    言葉に全て、集約されていますよね。

    他人との比較からでなく、自分らしい生き方を心がけたいと私も思います。

    でも、その彼女の暴言は、困ったものですね!
    そんな暴言、一刻も早く、忘れてしまったほうがいいですね。

    また、遊びに来たいと思います。
    それでは♪

  2. yuris22 より:

    セリカ様

    いらっしゃいませ(^^)
    HPを拝見しました。文章を書いていらっしゃるのですね。私とは全く違った文体が興味深く、しっかり読ませて頂きました。
    詞もエッセイもブログもですが、書けば書くほど哲学の世界が深まります。幾つになっても結論に到達しないまま、せめて私が生きてあがいた痕跡を文章で残せればと思っております。
    こうして横の繋がりができることに感謝しつつ、私もまた遊びにいかせて頂きますね。

  3. marie より:

    なんとも考えさせられるような気分です。
    1日600円のパート。とても気の毒にも感じます。
    私でも時給800円のパートですよ。
    とりあえず私はこれだけでも頂ければ幸せだと思い仕事を決めました。
    僻みではありませんが、月収20万、30万頂ける仕事(生保などの外交員や企業相手の保険会社)をしながらカッコイイスーツを着ている職業の方を見ると「いいなぁ」とは思います。
    けれども人間には向き不向きもあるし、その時の運次第だと思います。
    私にとっての「幸せ」とは自分や家族が健康で友人がいて、最低限の生活が出来ることだと思います。
    ホームレスが多発するくらいのこのご時世に仕事があるだけでも有り難いことだと思います。

    とは言っても辛い気持は本人にしかわからないのも事実。
    けれど、人間は贅沢な生き物でいくらお金持ちでも「嫉妬」や「僻み」があるものですよね?
    物がいくらあっても欲しくなるし、他人が幸せに見えるもの。
    「ものより思い出」と某メーカーの車のコマーシャルの意味が今の私にはわかります。
    いくら裕福でも人間はモノだけでは満足しません。
    愛情があってこそです。
    そしてその「愛情」は態度で言葉で示さないと相手には伝わりませんよね?
    「言わなくてもわかるだろう」
    「それぐらい・・・」は間違いです。

  4. yuris22 より:

    marie様

    おっしゃる通りです。自分の環境やスキルに沿って得た仕事を、他人と比較しても仕方ないですよね。運も実力のうちと言いますが、努力せずにのし上がる人なんていないと思うのです。だからこそ、ひがんだり妬んだりするのは、自分の実力のなさを認めている証拠。それが誰より分かっているのも、悲しいかな自分です。
    青い鳥は世界に一匹ではなく、幸せを求める人の各々へ飛んでくるもの。それを呼ぶエサは「愛」だと思います。

// この部分にあったコメント表示部分を削除しました
タイトルとURLをコピーしました