電車のマナーと昭和20年代の鎌倉

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昨夜は鎌倉の花火大会だった。Facebookはずっと見ていないので、情報を得たのは横須賀線の中。都内からの帰り、浴衣を着た若い子が目立つと思ったら、みんな一斉に鎌倉で降りていく。喧騒が去った車内で、隣のお年寄りが呆れて呟いた。「今の子たちって、浴衣が似合わないわねぇ。」

理由は聞かずとも分かった。どこで買ったのかコスプレみたいなペラペラの浴衣を着て、前をはだけている男の子。足を組んで座り、パカッと割れた前身ごろから太ももを露わにしている女の子。飲んでいたペットボトルを床に転がし、何食わぬ顔をしてスマホでバカ話。ホームに広がり、牛のスピードで歩く浴衣族が危険なので、電車はしばらく発車できないほどだった。

古き良き時代の湘南を綴った随筆「湘南雑記」(著者:本田一尋)に、「鎌倉駅と鎌倉族」という章がある。昭和20年代の国鉄(JR)がどれほど混雑していたか、面白いので引用してみる。
「通勤列車が到着すると、その駅の駅員は乗客を乗降口から押し込むのが仕事の一つになっていた。(中略)列車内はドアの開いた洗面トイレの中まで寿し詰めで、連結部分までも満員だった。そのため、どこの駅でも列車や電車が来れば、我先にと人を押しのけて入り口に殺到した。」

驚くのはここからで、鎌倉のことが描かれている。
「だが、鎌倉の乗客は、誰言うとなくホームの横須賀線の乗降場所に、二列に並んで電車の来るのを待っていた。電車が来てホームに止まると行儀よく順に乗り、後ろの人が先の人を電車に押し込んでいた。それでも乗れなかった人たちは次の電車の来るのを並んで待っていたのだ。」

マナーの身に付いた鎌倉の住民を、当時の人たちは「鎌倉族」と呼んでいたそうだ。きっと駅員が喉を枯らしてガナリ立てる必要もなく、淡々と時が流れていく古都らしいホームだったんだろう。

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我が家からも雷のような大音響が聞こえた鎌倉の花火大会。怖がってベッドの下で震えていた与六は、今日はやっと落ち着いて窓の外を眺めている。

朝から降り続く雨で、鳥の鳴き声ひとつしない静かな7月。たぶん今ごろ鎌倉では、砂浜に散らばったゴミを拾い集めているボランティアの人たちがいるんだろうな。

集まって飲んで騒ぐ夏も楽しいけれど、近ごろは静かな夏が好きになった。湘南の逗子・鎌倉も昔ながらの避暑地に戻って欲しいものである。

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