二つの故郷と東京と

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誰も歩いていない昼間の1時。風のない盛夏のバス停は、スーツ姿には我慢大会をしているみたいに暑い。アスファルトの上で丸い影が揺れるので見上げると、夏祭りの提灯だ。そう言えば毎日、笛太鼓を練習する音が聞こえているなと、ここは生まれた町でもないのに故郷にいる気分になる。

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バスの中で顔見知りの女性に出会い、他愛もない会話をした。「この暑いのに東京へ?」と聞かれ、ますます故郷にいる気分に。首都への通勤圏内でありながら、「東京へ」「お江戸へ」と、旅するみたいに言う逗子の住民たちには、ご先祖様の代から海辺の町に暮らす誇りのようなものを感じる。

3歳で別れを告げた故郷、愛媛県の西条市に今も暮らしていたとしたら、私はどんな人になっていたんだろう。

青い稲の匂いにむせかえる田舎道。日傘をさして幼稚園に孫を迎えに行き、近所の子たちも一緒に預かって帰る。イチゴシロップのかき氷で涼を取り、打抜きの水に沈めた西瓜の冷え具合を確かめる。
息子は隣町の会社。嫁は近所の公民館での婦人会。庭で蝉を追いかける子どもたちの声を聞きながら、老眼鏡をかけて新聞のテレビ欄を見ている・・・、そんな平凡極まりない幸せな暮らしを淡々と送っていたかもしれない。

さて、バスから電車に乗り換えて、スマホでこのブログを書いている間に、もうすぐ品川。東京に着いてしまった。

ビジネスメールをチェックしてスーツの襟を直したら、今日の会議用の顔になる。プレゼンが成功したら、帰りは自分へのご褒美に、フレンチ・レストランで夏野菜のジュレを食べよう。

どちらの人生が良かったのか、まだ分からない。でも死ぬまで結論が出ないほうが幸せでいられるんだろうと、今年も真夏の午後。緑の影を揺らす東京のイチョウ並木はまんざらではない。

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