愛はGIVE & GIVE

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去年の夏は、ラブソングばかり聴いて時間をやり過ごしていた。
6月に愛する人を亡くしてしまった悲しみが、時と共に風化していくのが恐くて、わざと切ないラブソングを聴いては涙を流していた。

家族がありながら、いつも私を海に連れて行ってくれた週末。
照れもせずに「綺麗だよ」「愛してるよ」と見つめてくれる瞳。
友達を強引に呼び集め、馴染みの店で開いてくれたバースデーパーティー。
「今日はありがとう」と喧嘩のあとでも欠かさなかったメール。

二度と出会えない情景がセピア色にならないよう、気を張り詰めていたと思う。

そして秋・冬・春が過ぎ、一周忌も終り、また夏が巡ってきた。
今は涙の代わりに、幸せが心の中に満ち溢れている。思い出はだんだんと風化するのではなく、愛という暖かなものに形を変えていったからだ。予期しなかった体験である。

こんなにも沢山、私の中に愛を残してくれたことに感謝したい気持ち。
それを独り占めするのでなく、誰かにプレゼントしたい気持ちが強まっていく。

先日、友人と話していて聞かれたこと。
「愛するだけでいいんですか?見返りはいらないんですか?」
いらないと言えば嘘になるけど、なくても構わない。しいて言えば喜んでくれるだけで嬉しい。

私がありったけの愛をプレゼントすれば、その相手もさらに大きく育てた愛を誰かにプレゼントするだろう。
血のDNAは子孫でないと受け継がれないけれど、愛のDNAは他人であっても受け継がれていく。

さて今日も真夏日。乾いたテラスの花たちに水をやろうかな。
植物も人間もやさしく育ちますように。

コメント

  1. 梅太郎 より:

    秋 冬 春ときて夏になるといきなり幸せに満ち溢れてしまうのは何故なのでしょうか?

  2. Shin より:

    こんにちは。こちらにも。

    人を亡くした人の気持ちは、その人にしかわからないと思いますが・・・。

    >いらないと言えば嘘になるけど、なくても構わない。しいて言えば喜んでくれるだけで嬉しい。

    これはすごくよくわかります。
    僕もずっとこの気持ちでいたいな。
    そうお思いつつ、つい見返りを求めてしまうのだけど。

  3. 詩人たそがれ より:

    これはいずれ現代版「瀬戸内寂聴」ですね、きっばて書いておくれやす。

    子供達と接していると、彼らの感性・六感の鋭さには驚かされます。
    彼らには、常に自分の精神状態が鏡のように映る気がします。

    それ故に、子供たちの将来の為、自分の心を静かに穏やかにしているつもり・・・? 厳しい~~~!
    (子供の安全が第一ですが)

  4. 亀吉 より:

    >こんなにも沢山、私の中に愛を残してくれたことに感謝したい気持ち。

    今の貴女を見て、彼も喜んでいると思います。
    私も嬉しいです。

  5. yuris22 より:

    梅太郎様

    いきなり幸せに満ち溢れたのではありません。
    季節が過ぎると共に変化してきたのです。
    日にち薬とは良く言ったものです。

  6. yuris22 より:

    Shin様

    親しくなりすぎると省略してしまう言葉。
    私に愛をくれる人に「ありがとう」は、常に言い続けたいと思っています。

  7. yuris22 より:

    詩人たそがれ様

    子供たちはまっすぐに相手の目を見ますよね。
    見られる側もまっすぐな愛で応えてあげたいものです。
    逆に大人が教育されているのかもしれません。

  8. yuris22 より:

    亀吉様

    あれほど周りに愛を降り注いだ人はいなかったと思います。
    もっといっぱい「ありがとう」を言っておけば良かった。
    でもこの気持ちは空に通じていますよね。

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