ホスピタリティの初心とは

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ネット検索して見つけた割引率の高い温泉。
お風呂の数は豊富だし、写真で見る限り部屋も綺麗そうだし、トイレにはウォシュレットが付いている。
ところが到着して部屋に入った途端、「失敗だった」と落胆した経験はないだろうか。

何十種類もあるというお風呂は浴槽の形が違うだけ。
部屋はカビ臭くて、ふすまが破れているし、窓を開けた景色は何の変哲もない。
頼みの綱は夕食しかないと、チェックインの際に告げられた食事処へ向かう。

冷えた料理の皿数だけが多いテーブルを見下ろして、またまた気分が落胆した。
広告には郷土料理のメニューが記載されていたのに、わざわざこんな山の中で出さなくてもいいような色の悪いお刺身や、チマチマと見栄えの悪い前菜が並んでいる。

椀物とご飯だけに手をつけて席を立とうとすると、給仕をしている男性スタッフが心配そうに覗き込んだ。
「お口に合いませんでしたか?」

適当に口をにごした返事をすると、彼は一つの提案をした。
「このままではお腹が空きますよね。もし宜しかったら、あとでお握りを作ってお部屋にお持ちしましょうか? 僕が握るので形が悪いかもしれませんが・・」
このままカラオケスナックに遊びに行き、帰りは遅くなると告げると、その時間に合わせて届けてくれるという。

そして夜10時半ごろ。
部屋のチャイムがなって、熱々のお握りが乗ったお盆を持った彼が立っていた。
「自分で握ろうとしたら、何かあったらどうするんだと厨房に叱られました」。
ちゃんと板さんが作った梅干入りのお握りを、しかもお新香まで添えて持ってきてくれたのだ。これこそ逆転満塁ホームランだ。

あくる朝、出発の見送りに来てくれた彼と話をした。
旅館で働きだして間もなく、田舎なまりも初々しい19歳。どうしたらお客様に喜んでもらえるかと、こちらの要望を繰り返しつつ真剣に胸に刻んでいる。
近くの観光スポットについて質問すると、
「僕が若いからかもしれませんが、はっきり言って面白いとは思いません」。
なんて正直なんだろうと、思わず手を叩いて笑ってしまった。

施設のグレードは星1つだけど、スタッフのサービス精神は星3つ。
彼の20歳の誕生日には一緒にお酒を飲もうと、またこの旅館に来ることを約束した。

きっと将来は旅館の支配人に、いやそれ以上、県の未来を動かす知事になっているかもしれないな。
彼の前に延びるまっすぐな道が見えた気がした。

コメント

  1. ツネ2 より:

    「あ」~やな客で
    「い」い客で、
    「う」れしい客で、
    「え」らい客で
    「お」いしい客なんだ。
    ダジャレです。

  2. marie より:

    こんな気遣いの出来る若者もいるんでねぇ。
    もしかしたら、私が社会人になった頃の若者(私含め)よりもしっかりしているのかもしれません。

  3. yuris22 より:

    ツネ2様

    ダジャレって言えば、奥山侊伸さんという放送作家のお話を今日、聞いていたんですよ。
    過去に遡りますけど、「シャボン玉ホリデー」とか「ゲバゲバ90分」等を構成した方です。

    奥山氏が先輩の永六輔さんに言われたことは、「3文字のダジャレは使うな!」。
    例えば「あの海にイルカはいるか?」みたいなダジャレです。

    物を書いて飯を喰ってるなら、もっと難易度の高いダジャレを使えってことなんでしょうけれど、職人気質のプライドを感じました。

    文章を組み立てる中で、人を泣かせるよりも笑わせる方がもっと難しい。
    ツネ2さんのコメントに敬意を表します。

  4. yuris22 より:

    marie様

    彼が名刺を渡してくれたときの言葉が印象に残っています。
    「もしかしたら将来価値がでるかもしれません」。

    悪びれず気負わずの姿勢が、なんとも微笑ましかった!
    貰ったシチュエーションを絶対に忘れない名刺です。

  5. 素浪人 より:

    まさに「いっぽ~~~ん」、是非一本道を歩みて欲しい人ですね。

    チャップリンの偉大さに気付いたのいつか忘れたけど、「笑い」の方が「涙」より難しい感じる落語が好きな若者です。

  6. yuris22 より:

    素浪人様

    こういう若い人のキラキラした瞳を見ていると、私まで初心に戻れる気がします。

    ちなみに昨夜の会食。
    55歳で会社を興したという社長とご一緒したのですが、設立12年目にして社員数1,000人。
    これからの夢を大いに語る先にも、やはり一本道が見えました。

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