パパからお父さんへの誕生日

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日付が変われば、父の誕生日がやってくる。元気だった頃には女性たちを侍らせ、シャンパンを抜いてカラオケに興じていたのが、脳卒中で倒れてからは一転。今では介護付き老人ホームで、同じ4月生まれの入居者と一緒に誕生日祝いをしてもらう。

 

大粒のイチゴが乗ったケーキも、喉にむせないよう細かく切ってトロミを付けているので、あまり美味しそうには見えない。
それでも「旨いなあ、旨いなあ」と喜んで平らげ、暫くすると食べたことさえ忘れてしまう。脳障害に老人性の痴呆まで加わり、私の顔を見れば食べ物をおねだりする我がままな子供に戻ってしまった。

 

親は子供に戻っても、まだ娘は親になれない。父の口の周りについた生クリーム。親だったら指でぬぐって食べてあげるのも平気だろう。しかし私は神経質にティッシュで拭き取ってはゴミ箱に落とす。汚いと思ってるのではなく、どう触れたらいいのか分からないのだ。それは物心付いた時から続いている。

 

愛人宅に寝泊りし、家には週末しか帰ってこない父は、側に寄るのが怖い存在だった。家族で誕生日祝いをしたこともなく、腕につかまって歩いた経験もない。少しだけ覚えているのは、酔って帰った父が「ゆーりこちゃん」と頬にキスしてきたのが臭くて嫌で、逃げ回ったことぐらい。年齢を重ねるほどに会話が下手で、他人行儀な親子だったと思う。

 

そんな父が、私が老人ホームから帰る時になると、震える手で握手を求める。白くて大きな手。ひんやりと柔らかい手。きっと私が赤ちゃんだった頃は、この手でオムツを替えてくれた事もあっただろう。抱き上げて「高い高い」をしてくれた事もあっただろう。覚えているはずのない遠い感触が、父の手から伝わってきた。胸が熱くなって涙になる。

 

まだまだ娘は親にはなれない。それでもやっと「パパ」ではなく「お父さん」と呼べるようになった。82歳、おめでとう!今度は私から握手をすることが、子供の頃には出来なかった誕生日のプレゼントだと思っている。

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