文章は無からは生まれない

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文芸作品の公募でパクリやコピペ等がバレて、受賞が取り消しになったニュースが続いている。第47回「文芸賞」では、受賞が決まっていた作品がインターネット上のサイトからモチーフをパクっていたのが発覚。応募者が作為的ではなく反省している点から、詳細は公表しない方針だという。
(10月16日スポーツ報知「文芸賞の受賞取り消し ネットから『作品モチーフ』いただいていた」より抜粋)

第19回「詩と思想」新人賞では、インターネットの投稿掲示板からほぼ全文をコピペしたのが発覚。この応募者はコンクール受賞歴24回に上る中学3年生の少女だったが、これまでに4作を盗用したことを認めたという。
(10月20日スポーツ報知「中3少女、詩をコピペ 受賞歴24回で4作盗用」より抜粋)

 

元来2人とも才能はあっただろうに、魔が差したことでプロへの道は閉ざされる。人物が特定されてしまった中学生の少女の場合、学校に通うことすら出来なくなるのではと心配だ。

 

インターネット上の著作物を盗用するのは、10年前なら殆ど起こりえなかったこと。ブログが普及し、個人が簡単に情報を発信できるようになってからは、本棚で嵩張る百科事典は不要になってしまった。キーワード検索すれば、誰かがアップした最新の情報やストーリーが手に入り、時には新聞や雑誌よりも早い。

 

恐ろしいのはパソコンのマジック。他人の文章をコピペして、自分の文章にパズルのようにはめ込んでいくと、短時間で見栄えの良い完成物になる。思考も技術もさっくりと戴いて得意満面になっていると、そこには当然の落とし穴が待ち受けている。自分の文章が日の目を見たとき(公募に当選したり出版されたりしたとき)、主題に対する100%の説明が出来ないのだ。なぜその作品を書いたのか、動機は何処にあるのか、モチベーションが見えてこないから盗用がバレる。

 

作家は容易に無から有を生み出すのではない。締切り1時間前になって、ようやく書き始めるプロは沢山いるが、そこに至るまでの準備期間は長い。ちょっと大げさに言えば、書物を読み漁り、哲学に自問自答し、愛と人生に苦しみ、噴出してくる心の叫びを1時間でまとめるのである。

 

書くことは苦しい。正直、ブログだって苦しい。私の場合それでも続けているのは、自分という辛辣な批評家がいるからだと思う。いつになったら星5つの評価を付けてくれるのやら。満足までの道のりはまだまだ遠い。

コメント

  1. オ・キ・ト より:

    奥が深いですね・・・!?
    小さい頃物書きになりたいと思って、いろいろな本を読み漁ったこともありましたが、今はしがない電気屋の親父。
    それでも、拙い文ながら自分の力でブログを書き続けてみようと思っています!笑わないでやってください(^_^;)

  2. yuris22 より:

    オ・キ・ト様

    笑うだなんて、とんでもない。文章は心の表現です。人の心を笑うことはあり得ません。
    思っていることを伝えるのに、行数が多ければ良いわけじゃありません。オ・キ・トさんのブログは言葉数が少なくても、画像を語る一言に「思い」が満ち溢れていますよ。俳句の世界を感じます。これからも「思い」を発信し続けてくださいね。

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