謙譲語は何のために使うのか

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某大学院で日本語の研究をしている韓国人女性のスピーチを聴いた。独特の尖がったイントネーションは仕方ないにしても、わずか数年で覚えたボキャブラリーの多さに拍手を送った。ただし本人は気付かなくても、聴衆の苦笑を買う場面があったのは否めない。
「私は優秀だったので、先生の推薦がありました」
「私は人当たりがいいので、みなさんに助けてもらえます」

日本文化を勉強しながら、謙譲語(自分自身の動作をへりくだって言う語句)が身に付いていない。もし日本人であれば「私のような人間でも頑張ったおかげで・・」とか「分からないことは笑ってゴメンナサイするので・・」などと、謙遜から始まるだろう。それを知らないのを可愛く思う人もいれば、「何を偉そうな!」と憤慨する人もいる。

儒教が浸透した韓国は、年長者に対して敬語を使うのが当然な国だと聞く。しかし文法は「私が○○した」の能動態が一般的であり、日本語の「○○された」の受動態は通用しにくい。これまで強大国の侵略に脅かされてきた歴史を振り返れば、より強くハッキリと、自分を主張する言葉を使う文化が形成されているのだろう。

難しすぎる日本の謙譲語。このあいだ飲み屋のカウンターで、自分に対して尊敬語を使い、相手に対して謙譲語を使う客に驚いた。しかも著名企業で幹部として働く日本人である。これまでの人生に、敬語使いを教えられなかった経緯が秘められていたとしても、次の発言にもっとびっくり。
「自分を分かってくれる人だけ寄ってくればいい」
辺りかまわず煙草の煙を吐き散らしながら、「嫌ならこの店に来なきゃいい」と豪語する愛煙家みたいだ。酔って大声になる喋り言葉は、否が応でも耳に入ってくるのに。

ところが一方で、郷に入っては郷に従えを知ってる異国人もいる。逗子の飲み仲間であり、米軍基地に勤務しているA君は常に腰が低く、周りから「あいつは仁義を知ってるアメリカ人だ」と言われる。ギブアップなのに「もっと飲めよ!」と酒を注がれ、「スミマセン。もうカンベンしてください」と「勘弁」の言葉を使うあたりは、へりくだりの受動態をマスターしていると思われる。

人間だもの、文化もあるだろう、育ちもあるだろう。しかしそれを超えて大切なのは、相手を傷つけないための思いやりではないだろうか。いくら社交マナーに長けファッションセンスが優れていようと、思いやりがないのは魂がチープである下衆(げす)だ。

そういえば、以前書いた日記「下品と下衆(げす)の差」は、ものすごいアクセス率で驚いている。「下品 下衆」で検索すると、どのサイトでもトップに出てくるのは、それほどみんなが気にしている言葉なのだろうか。

「あなたは上品だけど、中身は下衆ね」なんて言われたくはない。グッと我慢する謙譲語の目的は、魂が来世でレベルアップするための苦しいトレーニングなのかもしれない。

コメント

  1. 的は逗子の素浪人 より:

    「私が・・・、私が・・・、成果を・・・」
    うゥ・・・ちょっとなじめないぁ。歳かね。

  2. yuris22 より:

    的は逗子の素浪人様

    謙遜を知らない人が増えてますよね。自画自賛するよりは、相手に評価を委ねるほうがもっと印象は良くなると思うのですが、そんな考えは古いのかな。日本文化は遠くなりにけり。

  3. bt4y より:

    はじめてお邪魔しました。素朴な疑問なのですが。。。謙譲語っていうのは、例えば、’行く’の代わりに’参る’、’見る’、の代わりに’拝見する’等、意味は同じでも形が異なる単語、と理解していたので、例として挙げられたものは、謙譲’語’というよりは謙譲表現ということなんじゃないか、と思いました。すいません、まるで重箱の隅をつついているみたいではありますが、ちょっと気になったので書かせて頂きました(笑)。

  4. yuris22 より:

    bt4y様

    確かに正しくは謙譲表現ですね。ご指摘ありがとうございます。

  5. おやじ より:

    政治家の敬語も頓珍漢で特に民主党の若手は、おや御を付ければ丁寧と勘違いしてます。
    仲間内の話も外に対して敬語で話す、呆れようです。
    NHKをはじめメディアのレベル低下も否めません。

  6. yuris22 より:

    おやじ様

    民主党議員のインタビューを聞いていて???と思うのは、小沢一郎を小沢先生と呼ぶことです。国民にとってはちっとも「先生」じゃないんですけどね。しかも今は被疑者。代表選にしても、党内で勝手に盛り上がってて下さいとしか言いようがありません。

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