ハンサム・ウーマンの在るべき姿

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梅雨前線の活動が活発になってきた。九州では豪雨と土砂災害、関東では雷と雹、突風の被害に見舞われている。積乱雲から爆発的に吹き降ろす気流をダウンバーストというそうで、遭遇した人たちは「この世の終わりか」と思ったほどの破壊力だったらしい。

今も都内では大雨が降っているらしいが、ここ逗子の気候は恵まれている。雲の間から日差しが出て、求愛の時期に入った鳥たちが賑やかなコーラス。木々は生き生きと、オレンジのノウゼンカズラが2階の書斎まで力強いツルをのばしてきた。去年と同じ風景、去年と同じ居場所。ほんわりとした幸せ。

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この生活をいつまで続けられるのか、独り暮らしに不安は山積。もし竜巻でも起こったら自分と猫の身を守る自信はない。しかし美術家である篠田桃紅さんの著書「一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い」を読んで、その達観した生き方に勇気を貰った。

24歳で実家を出たときからごく自然に、一人でいることを前提に生きてきた篠田さんは自由に、つまり自らに由って(よって)生きているという。自分の孤独を客観視できるから、寂しくなく、むしろ気楽で平和。漢字の「人」は互いに支え合いながら立っている姿だと世間一般に言われているが、古来の甲骨文字では一人で立っており、相手への過度な依存をしないことが本来の人の姿に思えるのだそうだ。

理由を抜粋すると「過度な期待を相手に抱けば、その人の負担になるかもしれません。ゆきすぎた愛情を注げば、その人の迷惑にしかなりません。相手は、よけいなことをしてくれていると、内心思っているかもしれません。しかし、世の中には、そうしたことに気づかず、振る舞っている人がいます。悪意ではないから、誰も憎むことはできない。まわりが困っています。」

そう、これなんだ。相手に依存することが私は最も惨めで怖い。恋人ができても甘えることはないし、手をつないで歩くことさえ躊躇う。それを水くさいと思われようが常に一定の距離を置くことで、いつも新鮮で魅力的な、大人と大人の関係でありたいと願う。それを「君に僕は必要ないんだね」と言う人もいたけれど、違っているな。もし彼が先に亡くなる場合でも、あとのことは心配せず空に旅立てるような、逞しい女でいたいのだ。

綾瀬はるかがNHK大河ドラマで演じた新島八重は、夫の新島襄からハンサム・ウーマンと呼ばれた存在であった。会津戦争では男装して鉄砲を撃ち、夫が急逝後は赤十字看護婦として従軍。86歳で死去するまで、行動や態度がりりしく、自立した女性として現役でいた姿に、一人で立っている「人」の文字を重ねずにいられない。

篠田桃紅さんもハンサム・ウーマン。縛られたくないから予定や目標も立てず、その日の風が吹きやすいように暮らしてきたという。絵を描く仕事も何時から何時までと決めているわけじゃなく、夢中になっているうちに夜が明けてしまう現役の103歳だ。師と仰ぐなんて言ったら迷惑がられるだろうけれど、先に道を作って戴いたことに感謝。私の人生なんてまだ彼女の1ページにも満たないなあと、ゴールの見えない道を楽しみたいと思っている。

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