コスモス畑を抱きしめた午後

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朝の気温が15℃を切って、秋の本番を迎えている。刻々と形を変える雲、風にさやぐススキの穂、十五夜から痩せていく月・・、この季節は感傷的な要因が多く、決まって「コスモスを見たい症候群」にかられてしまう。春ならレンゲや菜の花、秋ならコスモス。青空に映える野の花が大好きで、豪華なバラの花束をプレゼントされるよりも、コスモス畑に連れて行ってもらう方が100倍嬉しいのである。

先週の火曜日、東京からの帰りに「コスモスはありませんか?」と花屋を何軒も回って、やっと見つけたのはヒョロヒョロと一株が植わった小さな鉢。切り花にすると一晩で枯れてしまうそうで、花束を買うことは出来なかった。帰宅してテーブルに置けば、ほんのり心に灯りがともる秋の夜だ。

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そして念願のコスモス畑には週末、地図を見ながら電車で行った「くりはま花の国」で出逢うことが出来た。連休の初日なのに観光客は少なめで、なだらかな山あいの斜面にはピンクや白の花たちが、一斉に空に向かって背伸びしている。時間が許すなら日が暮れるまで眺めていたい郷愁。

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「コスモスの花あそびをる虚空かな」 高浜虚子
「コスモスは我が胸の辺の故に揺る」 加倉井秋を
「コスモスの倒れ倒れし花の数」 高野素十

儚くて薄くて繊細な花なのに、実は逞しい。台風で地面になぎ倒されても起き上がり、何度でも咲いてみせる花だから愛おしいのだと思う。コスモスの花束を両手いっぱいに抱きしめる夢はまだ叶わないけれど、逢いに行き、元気をもらう花なのだと神無月の一日が教えてくれた。

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