書き下ろし短篇『7月7日はタナボタ記念日。彼は中学生からのマイベストフレンド』

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ジメジメとした梅雨は嫌いだけど、ひとつだけイイことがある。我が家の周りに紫のアガパンサスが咲き出すと、年に1度だけ会う約束をしている彼がやってくるのだ。幌から雨漏りがする古いオープンカーに乗って、約100kmの距離をワインや食料をしこたま抱えて登場する。

アガパンサス

アガパンサスの花言葉は「恋の訪れ」。ひなびた地方都市で中学から同じ学校だった私たちには、恋の訪れらしきものはなかった。同級生として名字で呼び合い、大学からは別々になったけれど、「月に1度は絶対に報告会をしようね!」と長い付き合いを続けてきた。

教室

月に1度が3か月に1度になり、半年に1度になって、もうすぐ70歳に手が届く今は1年に1度の仲に収まっている。
彼は家が貧しかったことから奨学金を貰い、返済しながらも趣味のカメラを仕事にするために、資産家の令嬢と結婚。妻に文句が言えないマスオさんだ。都内の一等地で暮らしながらも「婿殿(むこどの)」としては、カメラマンとしての稼ぎさえ勝手には使えない。ネットで検索したら名前はあったものの、大した稼ぎじゃないのは想像がついた。

カメラマン

「何してんだ? 安くて旨い居酒屋を見つけたから飲もうぜ!」
そんな電話を貰ったときには新幹線に乗って参上し、ビジネスホテルに泊まって翌朝に帰る。飲みすぎた弾みか、一緒に泊まろうと盛り上がり、同級生が一線を越えてから30年以上が過ぎた。何回か二人の夜を過ごしてからは、「君に経済的な負担をかけたら申し訳ない」と、彼が100kmの距離を運転して逢いにきてくれるようになったのだ。

はからずもバツイチで子どもナシの私は、地方都市の中小企業で事務仕事をしている。「死ぬまで勤めていいからね」と言ってくれた社長はコロナ禍で資金繰りが上手くいかず、なんとか事業を継続しようと寝不足が続く中、心筋梗塞で世を去った。そして会社はクローズ。優しい奥様が「こんな額でごめんなさい」と涙ぐみながら、封筒に入れた退職金を差し出しくれた。

退職金

この先どうやって生きていこうかな。近くでパートの仕事を探してもいいけれど、働くモチベーションが無くなってしまった私がいる。これまでの貯金と退職金とで、早いながらも有料老人ホームに入ろうと決めた。当分のあいだ介護は必要ないけれど、やがては転んで大けがを負ったり認知症になったり、いつ何が起きるか分からない。家族はいないのだから、早々に「転ばぬ先の杖」を手に入れるのは悪いことではないだろう。

老人ホーム

老人ホーム入居の契約を終え、引越しの準備をコツコツと開始。猛暑のせいか、疲れやすくなった年齢のせいか、とんでもなく時間がかかる。やっと次のダンボール箱にガムテープを貼ろうとしていたとき、スマホが鳴った。1年に1度だけ会う、彼からの連絡だ。
「元気~? 忙しくて電話できなくてごめん。でも来週は予定が空いたんだ。会いに行ってもOK?」

彼が指定した日は引越しの前日。うまく理由は言えないけれど、もう逢瀬の場所からは居なくなることを伝えた。「なんで!?どうして!?」と畳みかけてくる質問には答えられず、「いろいろあってね」とだけ返事して、プツッと通話を終えた。

スマホ

引っ越しは7月7日。業者さんは明日の朝から来るのに、準備は遅々として進まない。ダンボール箱に荷物を詰めて、「飛ぶ鳥跡を濁さず」で家の掃除をしたいけれど、このままだと夜になってしまう。焦りまくって涙がこぼれてきたときに、ピンポーンとチャイムが鳴った。いつものようにワインと食料の袋を両手に下げた彼が、ニコニコしながらドアの向こうに立っている。

勝手知ったる他人の家のように、ずかずかと上がってきた来た彼は、「よーし、頑張るぞ!」と腕まくり。バケツとモップを持って、窓サッシの汚れ落としからスタートした。私が掃除していない場所を知ってたのね・・と恥ずかしい気持ちだけど、助っ人が登場したことが頼もしい。

日が落ちる頃には作業が終わり、「君は隣りでワインだけ飲んでいて」と、彼がキッチンで調理を始めた。一つだけ片づけずに残したフライパンで、「取材先のスペインで覚えたんだ」というパエリアを作ってくれる。

パエリア

さんざんに酔っぱらって、二人でベッドに入って、その後は・・。数年前からエッチなことが出来なくなった彼は、私を両腕の中に収めて大きなイビキをかいていた。ウルサイなあ~、無呼吸症候群じゃないの~?とイライラしながらも、いつの間にか眠ってしまった酔っ払い女子は幸せだ。

七夕の朝、そして引越しの朝。目が醒めたら隣りに彼はいなくて、リビングのテーブルに書き置きがあった。「水を一杯いただきました。仕事なので出発します」。ヘタクソな文字は、中学生の頃に隣りの机から見たときと変わらない。名前の下には大きな文字で「来年の7月もまた会おう!My Best Friend!」の追伸があり、「イタせるようになったらMy Loverだな」と小さく添え書きがあった。

コップの水

たぶんこの先、ナニができる日は来ないと思うけれど、万が一の奇跡が起こったとしたら、日記には「たなぼた記念日」と買き入れよう。七夕じゃなくて、たなぼた。込み上げてくる笑いを大きな声で吐き出して、国が推奨している100歳まで生きてやろうじゃないのと、パジャマからジーンズに着替えた。

デニムパンツ


去年の今ごろに予告した通り、1年に1度の更新となりました。どんだけサボればいいんだ~の性格ですが、文筆業に入ったときから、締め切りが目の前に迫っていないと書けないのです。それでも七夕にターゲットを絞ったラブストーリーが、今度で16回目になるのは我ながら偉いと思っております(笑)。

現在の私は「歳を隠すのをやめました」のブログを毎日更新しております。興味の向く先がファッションになって、なんと日本で一番売れている女性誌のハルメクに、8月からWEBの連載記事を書くことになったのです。

作詞家、スピーチライター、プログラマー、パーソナルスタイリスト、さらにファッションライターまで加わって、締め切りから逃れられないマゾの幸運に浸っております。どれだけ歳を取ろうと、過去の頑張ってきた自分が支えてくれる! いろんなジャンルの仕事をしていますが、全てがリンクして生活を支えてくれる今を楽しんでいますよ。皆さん、ありがとう!!!

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