検索した元彼はハゲだった

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「舞踏会の手帖」という古いフランス映画がある。未亡人になったマダムが若き日を振り返り、社交界デビューした時に踊った10人の男性たちを訪ねて歩く話だ。1937年のモノクロ映画ながら、「あの人は今」を知りたがる女性心理をついた名作だと思っている。

そんなロマンティックな手帖とは違うが、携帯電話のアドレス帳が500件を超えた。疎遠になった人を消去しようとして、ある人の名前で削除の指が止まる。

彼と出合ったのは六本木のディスコ。眩しいライトが突然暗くなり、チークタイムから逃げようとしたら、チャラチャラしたナンパ男が私の腕を強引に掴んで踊り始めた。
「チャンスを待ってたんだ。みんな狙ってたからね」
OKも言わないのに身体を密着させ、初印象はTシャツに移ったムスクオイルの香りだった。

その夜は仲良しカップルを誘ってダブルデート。ところが彼らを無視して一方的に聞かされたのは、次から次への自慢話だ。仕事は明治時代創業の商社で、父親の跡継ぎであること。大学ではゴルフ部で活躍していたこと。免許を取ったときからベンツに乗っていること。どこのディスコでも顔パスのVIPであること。ああそうですかーと馬耳東風な私に、口角泡を飛ばして喋る喋る・・。
「君をオレの彼女にしてやる」と勝手に決めつけ、以後は彼の地元・横浜でのデートが習慣となった。まるで『花より男子』の道明寺だ。

そんな派手な行動をやっかんだのか、私への親切からか、あるとき彼の友人が忠告してきた。「あいつには妻子がいるんだよ。大学だって中退だ」
「嘘でしょ」と答えたものの、怒りも嫉妬心も湧かず、真偽を問い詰めもしなかった。大して恋愛感情を持っていない後ろめたさで、逆に肩の荷が下り、恋人というよりも同級生の感覚になった。キスはご挨拶で基本は友だち。仕事の苦労話を聞き、家族の愚痴を聞き、眠くなった頃に家まで送ってもらう。やがて私に新しい彼が出来て「一緒に暮らすの」と告げたとき、煙草をくわえたまま固まっていた姿が最後だ。

そんなこんなの前置きで、話を携帯電話のアドレス消去に戻そう。今も元気かなあと思いながら、懐かしい氏名をネット検索してみると会社のホームページを発見したのだ。ああ良かった、この不況時に会社は潰れていない。

さらにキーワードを変えて検索していくと、えっ嘘でしょ!!! 彼の現在の顔写真を発見してしまった。細い腰履きのジーンズ、ムスクオイル、2シーターのベンツ。過去の記憶を全て吹っ飛ばすハゲおやじが写っていたのだ。まるで加藤茶!ホントにホントに彼なの?しかし眼鏡の奥にある一重まぶたを観察すれば、昔の面影が語りかけてくる。「なにやってんだ、電話してこいよー!」

実を言えば数年前、彼が離婚したことを人づてに聞いた。そのとき御機嫌伺いの電話をしようかとも思った。でも躊躇して正解だったな。だってハゲおやじだもーん!
・・てな冗談はともかく、携帯のアドレス帳から彼の名前は削除しないだろう。また会いたいわけじゃなく、名前自体が一冊の日記だからだ。

明日もブックマークしたページを開き、一方的に語りかけよう。六本木のカフェで昔、君がそうしたようにね。ショボショボ淋しい頭からして、不況続きに苦労したのは想像がつくけれど、君ならまだ行ける。チークタイムに私を抱きしめた腕で、きっと世界も抱きしめるはず! いつかこのブログを見つけて苦笑いする彼が、ベンツところじゃなくロールスロイスの後部座席に乗っていることを祈っている。

コメント

  1. marie より:

    私の元彼は一人は未だ独身、後はみんな結婚したかな・・?
    携帯のアドレス500件はすごいですね。
    私は45件でした。
    今の職場に変わり、毎年、2、3人、多い時で10人ぐらいのペースでアドレス登録者が増え、息子の小学校のママ友関係で一気に増え、アドレスだけは沢山ありますね(笑)
    強引な男・・・。私の身の周りでも沢山いましたね。
    て言うか未だにいますね。
    イエスも言わないのにいきなりディープキスとか抱きしめるとか。

  2. yuris22 より:

    marie様

    携帯のアドレスって、グループ分けが難しいですね。彼氏を中心にして作ったグループが、別れた途端に宙ぶらりんになる。捨てるべきか残すべきか、周りには罪がないので余計に困るのです。誰もスパッと切れない・・。
    フォルダ名は「夢の発掘跡」にしようかな。まだ金塊が残っているかもしれません。

  3. 菜多里 より:

     私は今年、夏の甲子園をきっかけに元彼に再会しました。学生時代、放課後の校庭にはいつも野球のユニホームを着て、肌は陽に焼け、真っ白な歯にこぼれるような笑顔のハンサムな彼がいたっけ・・・。

    その彼が二十うん年後、チビ、デブ、ハゲの三拍子を揃えて私の前に現れようとは・・・一週間寝込んだのは言うまでもありません。ダブルのスーツに派手なベルサーチのネクタイ・・・。どこであんなセンスを身につけてしまったのか・・・思い出すだけでも頭がクラクラする・・・。

    別れ際に寂しさも絶頂で「今度は家族ぐるみで逢おうよ」と宣う彼に、「主人が私の元彼と付き合うほど心が広かったらね」と返した私。

    そのことを主人に話すと「会うのはいいけど可哀想だよ」と答えるので「なにが?」と聞くと「僕に会ったらショック受けるでしょ」と自慢の笑み・・・。おぬし、そうでるか・・・。

    急に元彼に味方したくなり、もし次回また会う機会があったなら、あのデブとハゲだけは私の手で何とか調整出来るよう様々な資料を集めていま待機しているところなのです。(~_~メ)

  4. yuris22 より:

    菜多里様

    ごめんなさい。大爆笑してしまいました(^^;
    ダブルのスーツから、私としては俳優のダニー・デビートを想像してるんですが、格好良すぎ?

    >もし次回また会う機会があったなら、あのデブとハゲだけは私の手で何とか調整出来るよう・・

    むむ、長期計画ですね。身長対策はシークレットブーツでしょうか。お座敷での再デビューはNGですが・・。

  5. 菜多里 より:

     シークレットブーツ・・・思い付かなかったわ、さすが!(^^)!あのタッセルシューズを是非履き替えさせねば・・・。

    そして、ダニー・デビート・・・知らなかったので検索してみたら、な、なんとそっくり瓜二つ!ゆり子さんのお優しいヒラメキに感謝です(@^^)/~~~

  6. yuris22 より:

    菜多里様

    私の提案をお褒めいただき光栄でございます。しかし、タッセルシューズとは・・(^^;
    まだしもピカピカの白いエナメルシューズでなくて良かったですね。

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