どうして選挙に税金を使うの?

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緑と静寂に恵まれた丘の上に、選挙カーが上って来る。
「○○○○にお住まいの皆さん。このような大音量でお騒がせしています。××××、××××をよろしくお願い致します」
眠っていた与六はビクンと飛び上がり、私は仕事への集中力が削がれ、マイクの声が遠のくまで待つ。ところが車を止めて演説まで始めるとは無神経そのものだ。帰れっ!

選挙管理委員会が各家庭に配布した選挙公報。候補者の顔写真の下には、これでもかと大きな氏名が並んでいる。氏名が目立ったから投票するわけじゃないのに、みんな揃ってどんぐりの背比べだ。

公営掲示板に貼られた選挙ポスターは、幾度もポストに入ったチラシで見慣れた顔ばかり。街の美観を損ねる掲示板を、誰が立ち止まって眺めるだろうか。

選挙カーの費用や運転手代、選挙ポスターの作成費用などは公費で負担される。インターネットなど情報伝達手段が発達した今の日本で、果たして国民の税金を使って支払うべき費用なのだろうか。しかし公選法により選挙期間中はテレビやインターネットでの広報活動が禁止されている。資金力で差がつき、公平でないというのがその理由らしいが、だからといって時代錯誤のシステムを未だに踏襲している政治の世界が分からない。

国民の声を調べてみた。「選挙カーでの選挙活動は、必要だと思いますか?」というまぐまぐ世論調査の質問には、約800名の回答者のうち82%が不必要と答えている。赤ちゃんのいる家庭や夜勤明けで眠っている人への迷惑、ゆっくり走る選挙カーの後ろに続く渋滞・・、有権者たちへのメリットがどこにあるのだろう。

そんな中で山形市のように財政難の自治体では、選挙の公費負担を一切廃止しようという動きも出てきた。どうせ1週間で剥がしてしまうのに、1枚につき数千円もの作成費用をかけたポスターをなぜ公費で負担しなくちゃならないのかと、市民の声が市政を動かした結果である。

法律は時代と共に形骸化する。通り一遍な選挙スタイルは止めて、候補者には知恵とアイデアで競ってもらうべきじゃないだろうか。それだけの頭脳と勇気を持った政治家でなければ、当選させる意味がないように思っている。

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