大震災で見えた人の心

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東日本大震災でボランティア活動を始めて、至らない私なりに学んだことがある。それはどんなに腹が立っても、他人に対して怒ってはいけないということだ。

今度の日曜日、被災地である気仙沼大島で炊き出しをするにあたり、逗子に住む経営者のオジサマたちに協力をお願いした。彼らは世界中にクラブ組織を持つ奉仕団体のメンバーで、東京の同じ組織に属する私は付き合いが4年以上に及び、幾度となく飲み会に呼ばれてきた。女性会員が少ないせいか、座ったとたんにセクハラの連続。それでもやんわりと手を押し戻しながら、場が和むように親睦に努めていた・・ってのが馬鹿だったんだけどね。

今回の炊き出しでの対象人数は800人。レンタカー代はおろか、BBQの食材だけでも相当な費用がかかるので、「1人100円ずつで構いませんから、ご支援願えませんか?」と、リーダー格のメンバーに電話でお願いした。「わかった、集めておくよ」と快い返事を得た後、今日になって貰った返事は「ごめんね、ダメだったよ」である。震災以後あちこちに、それぞれがこれまで10万円ぐらい寄付してきたので、もうお金は出せないということだった。

なんてケチなエロ爺たちなんだろう。「今までのお触り代ぐらい下さるかと思いました」と皮肉を言いたかったが、寸前で思い留まった。そして電話を切る前に「ありがとうございます」と心から感謝した。ご寄付は戴けなかったけれど、炊き出しに向かう私を気にかけてくれたことへの感謝である。しかしもっと大きな感謝は、彼らからゼロを貰ったことで、人付き合いの勉強をさせてくれたことへの「ありがとう」だ。

前回、牡鹿半島へ炊き出しへ行った帰り道、まるで「星の金貨」の物語のように財産をはたいて支援活動をしている女性と、目を見合わせて理解を得た。それは大震災をきっかけに、人の心の「白」か「黒」かが見えるようになったことである。偽善者の見分け方を知ったと言おうか、博愛のスタンスの差が手に取るように見えた。

土曜日の夜に出発する炊き出しは片道570kmの行程。たぶん月曜日の早朝まで眠ることが出来ない超ハードスケジュールだろう。それでも「行くよ!」と手を上げてくれた友人たちは、駆け引きなど何もない根っからの善人たちだ。知り合って間もないし頼んでもいないのに、「私は行けないから、せめてお金でも」と、多額の支援金を送ってくれた友人もいる。彼らは私にとって、命に代えてもいいほどの宝物だと思った。

ボランティアがこんなことをブログに書くのはタブーだろう。しかしあえて言いたいのは、大震災によって人の本性を見極めたことに関して、誰よりも被災者の方々は悔し涙が止まらないだろうと思うのだ。でも絶対に怒ってはいけない。反面教師に対しても「教えてくれてありがとう」と謙虚な気持ちで笑顔を向けるのが、この世を生きていく術なのだから。天国に行くまで人生は試練の日々である。

ついに世紀末が訪れたと思うこの数ヶ月で、ソウルメイトを得た私は果報者だ。フェリーが止まって離島で野宿するはめに陥ろうと、友人たちには星の金貨が降ってくると信じている。絶対にみんなを守るからね。

コメント

  1. ひいやん より:

    とても素晴らしい行為

    頑張ってください

  2. yuris22 より:

    ひいやん様

    ありがとうございます。
    いろんなご意見に対し、私はマスターベーションだと言い放っておりますが、実を言うと応援メッセージは力づけになります。コメント欄を見てニッコリです。

  3. 名前は名乗れませんが… より:

    お疲れ様です。

    言いたいコト 書いてくれて

    ホント 有難うございます。

    ゆっくりお休みくださいませ☆

  4. yuris22 より:

    名前は名乗れませんが…様

    今回の大震災をきっかけに、人間たちは振るい分けられて2分されるように思いました。ザルに残る人たちと、こぼれて落ちる人たち。どちらの考え方も一理あるのですが、心が遠くなっていくのは何故でしょうね。

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