おひとりさまの花見に想うこと

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朝から花曇り。うすら寒くても風はなく、鎌倉はこの週末がお花見のピークだろう。改修工事を終えて通行が再開した鶴岡八幡宮の段葛は、観光客でぎっしりと埋まっているはずだ。私もウォーキングに出かけなきゃと思いつつ、徹夜疲れが溜まって身体を動かす元気がない。諦めて部屋着のままスマホを持ち、一番近いソメイヨシノを見に行くことにした。パソコンに向かって家籠りしている間に、浦島花子になってしまったような。

公園の端、マンションの敷地にひっそりと咲く1本。めったに人が通らない階段に腰を下ろして、逗子で迎える10回目の春に挨拶する。ここ数年は観桜会や友人たちとの宴会をパスして、ひとり花見をすることが多くなった。出不精になったわけじゃなく、満開の桜が美しければ美しいほど、帰ってこない思い出に胸が痛むからだ。

東京に住んでいたころ、気の置けない地元仲間で徒党を組み、恒例行事としていた洗足池のお花見が懐かしい。携帯電話で場所取りや買い物の指示を出し、酔っぱらいグループを仕切っていたのはもうこの世にはいない彼だ。

うっかり斜面に陣取ったおかげで、崖下に転がっていく缶ビール。足が痺れてお尻が冷たくなるビニールの敷物。今年は失敗だったと笑いながら、降り注ぐ花吹雪に息を止めた一瞬の静寂。
「桜を見るのはこれが最後かなあ」
末期がんの余命宣告を受けていた彼がポツリと呟いた。「絶対に来年も見られるよ」と勇気付けて、それ以上は何も言えずにみんなで薄桃色の枝を眺める。その後はどうしたのやら、日が暮れて周りの屋台に灯りがともった時で記憶をシャットアウトしたらしい。

さくら さくら
やよいの空は 見わたす限り

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この場所は春が遅いのか。今日はまだ満開に至っていない一本桜と、歌詞が途中までしか思い出せない童謡で夕方を迎えてしまった。「さくらさくら」をスマホで検索しながら、原稿書きが待っている部屋に戻る。ダメだなあ、こんなおひとりさま。

かすみか雲か 匂いぞ出ずる
いざやいざや 見にゆかん

来年こそはノルマを早めに上げて、誰かとお花見に出かけよう。遅ればせながら恋の花を咲かせたくなった、目指せ!脱センチメンタルの4月である。

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