古いアルバムに、牡丹の花に囲まれてポーズを取る母の写真がある。
『白牡丹といふといへども紅ほのか』(高浜虚子)
どんなに純白な牡丹に見えても、ほのかに花びらの根元には紅がさしている。
日本女性の恥じらい、セックスアピールを感じさせるような花だ。しかしそれはイメージの中でしか捉えられなかった。
「あなたのいちばん好きな花は何?」
昨年の夏に亡くなったKANA BARの店主と、カウンター越しに話したことを思い出す。
私は菜の花だと答えると、「まあ、貧乏くさい花ね」と鼻で笑われた。
それに対して、彼が愛する花は牡丹。
かつて一世を風靡したヘアメイクアーティストであり、美しいものへのこだわりが人並みを超えていたからこそ、選べる花なのだろうと思った。
その時交わした約束は、どちらか先に死んだ時には好きな花で棺桶を満たしてあげること。
しかし不慮の死であっという間に骨になってしまった彼に、私は約束を果たしてあげられなかった。口約束の至らなさは今も胸に痛い。
そして先日、鎌倉を歩いていたときの偶然。
鎌倉八幡宮の境内に「ぼたん庭園」が開園しているのを見つけて入ってみた。
一株一株を見るにつけ、息を呑むような豊麗さに足が止まる。これが牡丹なんだ。
妖艶で気品がある大人の花。はかなく凛とした孤高の花。
「本物を教えてくれてありがとう」
仰いだ空に、してやったりと笑うKさんの顔が浮かんだ気がした。
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