豆腐屋さんのラッパ

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最近は物売りの声を聞かなくなった。金魚売りすら知らない私は偉そうに昔を語れる分際ではないが、それでも思い出に残っている物売りと言えば、まずは豆腐屋さんだ。

茶の間に大相撲の実況が流れる夕方、「ピープー」というラッパの音を聞きつけた母に百円玉を握らされる。荷台に四角い箱を載せた自転車を見つけて、手鍋を差し出す。
「木綿一丁ください」
渡されたお釣りは水に濡れていて、働く人のひんやりとした指の感触が手に残った。

家に入ると、母が葱をきざみ生姜をする音。ビールを冷蔵庫から出した父が、冷奴をつまみにして先に一杯始めようとする。
「お前も食べるか?」と言われ箸を伸ばせば、ボソボソとした食感。滑らかな絹ごしの方がずっと美味しいと思ったが、我が家の大人たちは「豆の味が濃い」と木綿を好んだ。

そんな豆腐屋さんよりも、子供たちが待ち構えていたのは焼芋屋さん。
「やきいもーやきいもー、いーしやーきいもー」という声に、お小遣いを貰ってリヤカーを追いかけた。熱い小石の下から見つけた焼芋を秤に載せ、「おまけしとくよ」とおじさんが言う。

嬉しいのは、家に戻り新聞紙の袋を破る瞬間。コロコロとした一本を二つに割り、皮をむいて黄色い中身だけを食べる母を見ながら、大人は美味しいところを何故食べないんだと不思議に思った。

時は流れ、やがて豆腐はスーパーで買うものとなり、焼芋は呼び止める間もなく軽トラックで過ぎていく。せいぜい回ってくるものと言えば竿竹屋とか、「ご家庭でご不要となったテレビ・パソコン・ビデオデッキ・自転車等がございましたら・・」とテープをリフレインする回収業者ぐらいだ。

もし今「ピープー」とラッパの音がしたなら、手鍋を持って飛び出ていくのに。葱をきざみ生姜をすってビールの栓を抜いて、もう戻れない茶の間にも「ただいま」の声は届くだろうか。

コメント

  1. T・O より:

    やきいも屋さんの新聞紙の袋、あの袋からの温かい匂いは最高です。

  2. yuris22 より:

    T・O様

    そうそう、新聞紙のインクの匂いと混じり合うと最高なんですよね。
    そんな懐かしい匂いが今では遠のいたのが残念です。

  3. 波に乗るさかな より:

    そして夜には屋台のラーメン屋さんも周ってました。懐かしいですね。(遠い目)

  4. yuris22 より:

    波に乗るさかな様

    屋台のラーメン屋さんは子供ながらに興味津々でしたが、親に行かせてもらえませんでした。チャルメラの音、今でもどこかで聞こえるのでしょうか。

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