登校拒否した学級委員

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小学校4年か5年だった頃、体育にキックベースボールの授業があった。球技が苦手だった私は強いボールをキャッチするのが怖くて、ホームベースから遠く離れた外野を守備しながら「どうかここまで飛んできませんように」と祈ったものだ。

先生のお気に入りとしていつも学級委員に選ばれながらも、遊びのリーダー格ではない。お昼休みに練習試合をするクラスメートたちの中に入れず、校庭の隅で苛められっ子たち数人と、ボールを蹴る・取るの遊びをしていた。

同じ動作を幾度も繰り返していると自信がついてくる。ある日の体育、勇気を出して自らショートのポジションに名乗りを上げてキックを待った。ニヤリと笑った打者は私をめがけて強い一撃を飛ばしてきたが、しっかりと胸に抱えてキャッチ。「まさか」という顔でしばし呆然とした味方チームが一人二人とパチパチと手を叩き始め、それは敵チームにも広まって全員から拍手を貰った。照れくさかった。

その日のお昼休み、得意顔の私はいつものように校庭の隅での練習に向かう。ヒソヒソと話し合う苛められっ子たちは冷たく言い放った。「あなたとはもう遊びたくない」。
プライドはずたずたに傷ついて、次の日から「風邪をひいた」と学校をズル休み。それが登校拒否にまで発展し、不審に思った母は担任に相談しに行った。

ぼんやりテレビを見ていた午後、玄関の外で声がする。「あーそーびーまーしょ!」
苛められっ子たち全員が揃って私を誘いに来てくれたのだ。給食のパンを紙に包んで「ごめんね」と差し出す顔たちに、悔しいとも嬉しいとも知れない涙がポロポロとこぼれた。
なのにその後は、どちらのグループにも近づけない。クラスをまとめるはずの学級委員が一人で浮いてしまったバツの悪さが、いつまでも心の傷となって残った。

こんな昔話をしたきっかけは、鳥取県で学級委員が20年ぶりに復活するというニュース。
これまで人権団体などから「委員長になれなかった子供が傷つく」「自分にはできないと劣等感が生まれる」などの抗議があって自粛していたのを、市の教育委員会が「横並びでは子どもの主体性が無くなる」と復活を呼びかけてきた。

しかし議論すべきは学級委員の必要性だろうか。いつか子供たちは20歳になって選挙権を持ち、自分たちを率いるリーダーを選ぶ。その時までにリーダーの資質を見極められる目を養っておくことが大切なのではないか。選ぶ側と選ばれる側の両方が不幸にならない選択眼だ。

私が小学校を卒業する時、何より嬉しかったのは重圧からの解放だった。「勉強が出来る = 学級委員」という大人のルールから逃げられることだった。クラスメートが先生や親の目に左右されず、自分たちの目で学級委員を選んでくれたら、背伸びなどせずに普通の子としてキックベースボールも単純に楽しめただろう。

迷走する日本の政治。支持率が9.7%にまで落ちた内閣。そのリーダーを選んだのはお仕着せの教育制度に身を委ねてきた、羊のような私たち国民である。

コメント

  1. marie より:

    学級委員ですか~。残念ながら(?)私には縁のない役割でした。
    やはり、学年でトップの子供が常にやってました。
    お恥ずかしい話ですが、私は勉強が嫌いで、本当に何ひとつ取り得のない子供でした。
    高校に入学してから初めて勉強を頑張ったと言った感じでした。そして、何とか学年でトップになった事が一度だけありました。
    あとは、上から5番以内にいるといった状態でした。
    常に一番でいる人は他の人とは何が違うんでしょうね?
    努力?持って生まれた才能?

  2. yuris22 より:

    marie様

    学年でトップですか!素晴らしい!
    常に一番でいる人って不思議とガリ勉じゃないんですよね。授業も一度聞いたらすんなり頭の中に入ってしまうような・・。吸収力抜群なスポンジみたいな頭をしてるんだと思いました。

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