認知症と依存症の冷蔵庫

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ここ2ヶ月、継母からの連絡がぱったり途絶えている。精神科に再入院したらしいと聞いたが、あれほど執拗だった金銭の要求が無くなったのが不思議だ。

うつ病でアルコール依存症で金使いが荒い継母の状況については6月28日7月6日の日記に書き、沢山の方々に励ましとアドバイスを戴いた。転ばぬ先の杖として、公的な機関にも相談に行った。父が入所している老人ホームでも、父を巻き添えにする行為がないよう、介護スタッフたちに監視の目を強化して貰った。

 

やがて変化は父の様子に現れた。継母のことを言わなくなったのだ。見舞いに行っても電話でも、二言目には「○○に金をやってくれ」「○○と一緒に死ぬことにした」と言い続けていたのが、今は○○の名前が一切出てこない。その代わり、モゴモゴと聞き取りにくい口調で訴えるのは、食べ物のことばかりである。

認知症が進行して、食い意地は日に日に張って行く。今食事をしたことも忘れ、お寿司が居室の冷蔵庫に入っているから、スタッフに隠れて食べさせてくれと懇願する。

確かに以前、冷蔵庫には惣菜や果物、菓子などがグチャグチャに詰め込まれていた。買い物中毒で整理整頓の出来ない継母が、隠して持ってきた食材をどんどん詰め込んでいったからだ。腐りかけていてもまだ大丈夫と、起きている間は幾らでも食べさせる。

 

「このままだとまた嚥下肺炎になります。さもなければ食中毒になります」
私が責任を取るからとスタッフにお願いして、冷蔵庫の中身を全て捨ててもらった。空っぽの冷蔵庫を見た継母は何を思っただろうか。私の指示と聞いて鬼のような義娘だと恨んだだろうか。
金銭要求が途絶えたのはそれから。病院を抜け出して父の見舞いには来ているようだが、周りを困らせる言動は今のところ小康状態である。

 

思い出せば継母が実家で暮らしていたころ、開けるのすら恐ろしい冷蔵庫が3台、冷凍庫が1台。ゲスト用のバスルームには中元・歳暮で届いた缶詰や海苔などが山と積み上げられていた。なんと昭和の刻印があっても捨てることが出来ない。愛人宅巡りで帰ってこない父を引き寄せるには、食べ物で釣るしかないと思っていたからだろう。

 

認知症の父と依存症の継母。今や1つしかない小さな冷蔵庫は、2人のコミュニケーションツールだったかもしれない。火曜日に訪ねたとき、そこにはバナナが1本だけ入っていた。冷蔵庫に入れればすぐに真っ黒に変色してしまうのに、やはり何か入れずにはいられないのだろう。「私はここにいます」と無言のアピールが伝わってくるようで、苦い後味は消えそうにない。

コメント

  1. marie より:

    依存症、認知症、妄想症(??)妄想癖(??)
    精神的な病、老人独特の病と色々ありますよね。
    かつて私の友人としての頻繁に付き合いのあった方で精神的な病で10年前に職場を去った方が居ます。
    現在はコンビニで半日だけのアルバイトのみで家族と同居しています。
    40歳ぐらいになると思います。
    どんどん結婚していった友人が羨ましかったのか、うつ、自律神経失調症と何度も繰り返してきたようです。
    現在は少しは落ち着いているようですが、妄想がひどいんです。
    彼氏も居ないのに「結婚する」とか、子作り宣言までしたりしてます。
    結婚だけが人生ではありませんが、そうやって老いて行くのは悲しいですよね。
    理解のある家族がいるだけまだ救われていると思います。

  2. marie様

    そのお友だち、とても心配ですね。親が元気で面倒を見てくれるうちはいいけれど、いつか必ず逆転します。今のうちに心の病気を治療し、1人でも生きていける道筋が立てばいいのですが・・。政権交代があっても、国は当てにならないと思っています。

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