捨てるほどに楽になるもの

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12月は早送り。カレンダーが残った日にちを振り払うように、高速回転で過ぎていく。慌しく走る世間に取り残されないよう、何故か一緒に走っている自分がいる。誰のために?何のために?が明確でないまま、また1年が終わっていく。

毎朝チェックするホロスコープのサイトで、今日の私への提言は”A close look”、接視することだ。

“This is a good time to retire by yourself to your own private place.You seek and need comfort from the demands of the outside world, and having a pleasant relaxing time at home is probably the best way to accomplish this. “
訳すと、「独りになってプライベートな場所に引っ込むのに適した時です。やらなくちゃいけない事から解放されて楽になりたいと思っているあなたは、自宅で楽しくリラックスして過ごすことが一番である」というような意味になる。

“demands of the outside world”を「やらなくちゃいけない事」と訳したが、人間は生きている以上、24時間義務が巡ってくる。国、家庭、仕事、友人付き合いにおける義務だけでなく、自らの肉体を維持していくための飲食、睡眠、呼吸、排泄といった義務もある。
死して呼吸が止まった後も肉体は葬式の主役となって、路傍の石にでもならない限り、山ほどの義務が付きまとう。その中で不可欠なものは幾つあるのだろう。

考えすぎるなと諭すために、禅僧はよく円を描くという。いっぱいに水の入った桶をぶら下げて歩く苦しみから抜け出すには、桶の底を抜いて水を捨ててしまえばいい。底の抜けた桶の輪、つまり円になった心境こそ禅の求める生き方だというのだ。

まだ何も悪いことは起きていないのに、取り越し苦労をする毎日。1週間先までの転ばぬ先の杖は、1ヶ月先、2ヶ月先へと伸びて行き、心の重荷が増えていく。「あの人がどう思うか」「ダメ人間と見られたくない」などと世間体を気にする見栄こそ、担いで歩く価値のない妄想だ。桶に溜めた水を見せて「忙しい、忙しい」とアピールする1人芝居は滑稽である。

何も持っていない人間を、他人は揶揄するだろうか。道元禅師の言葉「放てば手に満つ」は、捨てれば捨てるほど集まってくるこの世の仕組みを言っている。満タンになった桶から妄想や執着を捨ててしまえば、そこには代わりに”comfort(心地よさ、安楽)”が入る余地が出来るのだ。

ホロスコープのアドバイスに従って、今日は家に篭る1日。自分を接視する1日だ。見て見ぬふりをしていた心の大掃除をしてゴミ出し。出来るだけ「すっからかん」の状態に近づけたなら、明日からの生き方はもっと楽になるはずである。

コメント

  1. 的は逗子の素浪人 より:

    うゥ~ 何かにしがみついてるなぁ。

  2. yuris22 より:

    的は逗子の素浪人様

    なんせ古傷が多いもので・・・。
    今朝は懲りない与六が「おやつくれ~」と、私の足にしがみついております。

  3. marie より:

    捨てる程に楽になるもの・・・。
    自分にとって不要なゴミ、着なくなった洋服、履かなくなった靴、使用しなくなったバッグ・・・とまぁ、最近になってゴミ袋3つ分捨てました。
    溢れかえってた部屋の隅はスッキリと片づきいい気分になりました。
    けれど、まだまだ出て来そうです。
    心のゴミです。
    もやもやした気持ち、自分にとってプラスにならない付き合い・・・。
    もしかしたら人間は生きている限り捨て続けるのかもしれません。
    その分、いいことが沢山ありますように・・・

  4. yuris22 より:

    marie様

    過去を振り返り、取っておいて良かった!と思えるものは殆ど無かったように思います。それだけ不要品に囲まれてるのかな。人間は歳を取るほど、ごく良質なものを少しだけ、大切にメンテしていくべきなのかもしれませんね。

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