手術室へ向かう友人からのメール

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今朝早く、友人から携帯にメールがあった。
「これから手術室へ移動します。胃の半分取ります。逗子から祈ってください!感謝!」

約一か月前、胃に腫瘍が見つかって、検査をしたら悪性。幸いにも腫瘍は一か所のみで、手術で取り去ることが出来るという。早期に発見できて良かったと胸を撫でおろしながら、胃を全摘しても元気に10年以上も暴飲暴食(?)している友人の例を伝えた。

とはいえリアルタイムで手術室へ向かう病人には、上手なメールを送れない。
「頑張って下さい!いよいよ今日なのですね。第二の人生の始まりを応援しています。行ってらっしゃい!」と返信した。

必ず治るのだから「絶対大丈夫」と言うのも変だし、「ご帰還のメール待ってます」では相手に負担がかかる。美味しいものを与え、ストレスで心配をかけ、苦楽を共にしてきた胃の半分と別れるのだから、離婚と同様、これからが第二の人生だと応援したのである。

たぶん今頃はICUで、身体中に管を繋がれて眠っていることだろう。家族の笑顔に囲まれて、また目覚めることのできる朝に感謝することだろう。遅かれ早かれ訪れる「その時」を、私よりも先に迎えた友人の胸の内を思い描かずにはいられない。

日月神示の中に「メグリ」という言葉がよく出てくる。カルマや業と同じで、自分のしたことが自分に巡ってくることだ。
「この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をすることがよくあるなれど、それは大難を小難にし、またメグリが一時に出て来て、その借銭済ましをさせられているのぢゃ。」
「行は、世界中の行、誰一人逃れるわけには行かんぞ。メグリ果たしたものから嬉し嬉しになる仕組み。」

文明が進化して享楽に溺れるほど、人間は悪い借銭を積む傾向がある。どんな善人であろうと無意識に罪を犯すこともある。借銭を清算するターニングポイントは、病に限らず何かの形で訪れるだろうし、それは丸裸な心を神に試される瞬間だ。

「今後の生き方は品行方正に」と言っていた友人は(今までも充分に品行方正だと思ったが)、ゼロ地点に立ち戻り、今後は得を積んでいく人生になるのだろう。まだ気付きの時がやってこない私は、悶々としながら生きていく毎日。せめてもネガティブな安易さに流されず、友人のお手本を追っていきたいと思っている。

コメント

  1. marie より:

    あれ…?
    もしかしたら私の行き付けのお店のオーナーさんのお話かもしれません。

  2. yuris22 より:

    marie様

    同じ方だと思います。早くお元気になられるよう祈りましょう。

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