ケータイを持たない一日

広告

「しまった、ケータイを忘れた」。それはゴルフ場へ向かう途中、朝の渋滞を抜けた直後に気が付いた。先に到着している友人たちに電話しようとして、ポケットの中を探ったら何もない。連絡を保留にしたままの仕事が頭をよぎる。老人ホームにいる父に何かあったらどうしようと気にかかる。しかし家に取りに戻ればスタート時刻に遅れるので、諦めるしかないと腹をくくった。

ゴルフ場に着いて支度を整え、カートに乗ってスタートホールへ。グリーンを見おろし、雄大な空を見上げ、ゆっくり深呼吸すると、とてつもなく大きな解放感に包まれた。今日一日、少なくとも家に帰るまでは、何にも縛られない自由を手に入れたことに気付いたのだ。

携帯電話を使い始めて20年足らず。その前はどうしていたのだろうと、アナログの時代を思い出す。公衆電話、留守番電話、FAX・・、通信できる場所は限られていたけれど、移動中にまで電話やメールに気を取られることはなかった。今すぐでなければ間に合わないことは起こらなかったのである。

ケータイはまるで、MOMOの時間泥棒だ。人間たちから心の余裕を奪い取り、何も起きていないのに焦りと不安を携帯させる。メールに至っては、声のない世界に人間を閉じ込める。子どもから老人まで、こんな小さな機械にどうして支配されるようになったんだろう。

息を弾ませて歩くグリーン。午後から天気は下り坂のはずだったが、空は晴れて、カーディガン一枚でも暖かい。ゴルフの事だけを考えて身体を動かし、友人たちと笑って会話しながら、誰にも邪魔されない一日を満喫した。

その晩、家に戻ってからはせっせとメールに返信したけれど、手遅れなことは何もなかった。「忙しい、忙しい」とケータイを手にしていた自分が、独り相撲だったような気がしてならない。

コメント

// この部分にあったコメント表示部分を削除しました
タイトルとURLをコピーしました