儚い一生だから残したいもの

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豪雨の続く九州では崖崩れで家が呑み込まれ、被害が広がっているという。暗いニュースを見ると朝から憂鬱になるけれど、今日はやるべきことが沢山。まずは東京へ行き、幾つか打ち合わせを済ませ、帰ったら朝までパソコンに張り付かなくてはならない。

濃いめのコーヒーで気合いを入れたらバス停へ。紫のアガパンサスは満開の時期を過ぎ、まもなく本格的な夏が来るのが分かる。植物のDNAに刻まれた時計が、今年はもう半分経ってしまったよと教えてくれて、人間の一生だって儚いものだと連想した。

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何度も聴いて覚えてしまった震災復興のチャリティーソング『花は咲く』の歌詞に、「私は何を残しただろう」という一節がある。今日はまさにその気分だ。

食べていくための原稿書きとプログラミングに終われ、徹夜を繰り返しているうちに、何か大切なものを過去に置き忘れてしまった気がしてならない。

好きなことを仕事にしようと決めた20代から、ここまで食いつないでこられたのは、1%が努力、99%が支えてくれた方々のおかげ。でもクオリティを金銭に換え、期待に応えることに終始して、自分が本当にやりたかった夢を成し遂げたかは疑問である。

今年も流されてまた年末が来ないように、希望に燃えていた頃の自分をここに連れてこなくては・・・。怠けて楽をしようとするオバサンの頭を、「目を覚ませ!」と叩いてもらいたい。

たった24時間しかない1日。たった365日しかない1年。もう次はないのだと覚悟して、死物狂いで生きてみるべきじゃないだろうか。先日、同じ年頃の友人が事故で急逝してから特にそう思うようになった。

私が自信を持って残せるもの。それを成し遂げるために奮起しなくちゃ。残りの人生のなかで今日がいちばん若い日なのだから、何を始めるにも遅いなんてことはないのだ。

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