逗子に越してきてから、ひとつひとつ初めての季節を迎えている。そして今は秋。
玄関から出るたびに気になっているのは金木犀(キンモクセイ)の匂い。
どこにあるのかと探しても見つからず、エレベーターの芳香剤かなと諦めていた。
ところが今日いきなり解決に導いてくれたのは、何度かブログに載せた押しかけペットの「リズ」 。ニャーニャーと甲高い声をあげる彼女の目線には、綺麗に刈り込まれた樹木の奥に、小さな白い花たちが咲いている。
葉っぱをかきわけ、鼻を近づけて思い出した名前は、銀木犀(ギンモクセイ)。
おぼろげな記憶が鮮やかになったことが嬉しくて、思わず道案内猫のリズを撫で撫でしてしまった。
香りの上品さは「金 < 銀」。
花が咲いていることさえ気づかない地味な樹木なのに、その控えめさが感動を呼ぶ。
そして「にほう秋」ののもう1本。鎌倉の荏柄天神社で出会ったイチョウの樹。
鎌倉八幡宮の大イチョウよりは小ぶりながら、驚いたのは近づく前から漂ってくる強烈な刺激。
神社に上る細い石段に、銀杏の実がコロコロといっぱい転がっているのだ。
「ご神木の実を持ち帰らないで下さい」という看板が睨みをきかせたのか、大樹の根元をぎっしりと埋めている実は手付かずのまま。銀杏の絨毯となっていた。
この陽気、関東でイチョウの黄葉はまだ先だろうけれど、急速に深まりゆく秋。
そうだな、人生の成果は見上げる物ばかりじゃないのだと、人目につかない樹木たちから教えてもらった新発見だった。
コメント
のんびりと、あくせくせず川の流れのように、
人は皆、走りすぎていますね。
以前のHNです。
キンモクセイではなく、ギンモクセイに
気づいたyuris22さんの感性(偶然?)に
感じ入りました。
銀杏はくさい、ですね。
僕の家の前は大きな銀杏並木なんですが、
雨風の翌日など、車に潰された銀杏の香りのすごいこと!
秋、ですね、、、。
ツネ2様
樹齢何百年というイチョウからは、変化に明け暮れる人間界がどのように
見えるのでしょうね。
大木に出会った時は、目を閉じて意識を集中して、樹のてっぺにんにある
「眼」を想像してみるのが好きです。
poi様
子供の頃、植物図鑑が宝物でした。
学校から帰っては、近所の垣根の中に見かけた樹や花を探したものです。
銀木犀と柊木犀の区別は、未だによくわかりませんが・・。
また図鑑を買おうかな。
川の話で失礼。
普段の水量の流れのとき、水はやわらかく柔軟に流れて水辺の生き物をはぐくみます。
蛇行した地形の山間の谷、入り組んだ平地もゆったりと流れます。
水量が増えてくると、水は重く硬い物質に急変します。
今まで蛇行していた動きに変化が起きます、ひたすら直線的に低いほうへ流れ出します。
今の時代、小さなものやあたり前のものが見えなくなっています。
いや見ようとしないのかも知れないし、恐れてるのかも知れませんね。
理由は、人に遅れたくないから。
見栄の世界なのか?
居酒屋にいたおじいさんのことも同じかもね。
でも、yuriさんみたいに周りのものから見ていける心が今大切ですね。
ツネ2様
以前ここに書いたことがあるのですが、落ち込んでいたときにランチを
奢ってくれた先輩から、川の流れに逆流してはいけないと窘められたこ
とがありました。
川でも時でも、自然のままに揺られているのがいちばんなんだよと・・。
想えば今の世の中、大勢が見えないというか、自分のポジションが見え
ない人が多すぎると思います。
偉そうなことを言ってる私もその1人かもしれませんが・・。
なぜここに居るのか、無理をしながら生きているのでは?と自問自答す
るのが、自分への踏み絵でもあります。