生きている間は会えない職業

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車を運転して東京へ行くとき、祖父母が眠っている鎌倉霊園の脇を通る。時間に余裕があれば管理事務所で花とお線香を買って、緑に囲まれた墓所へ向かう。そこまで度々お参りしなくてもと思いつつ、感謝と近況報告と愛する人たちの幸せをお願いするのが習慣になってしまった。

桶に水を汲んで墓石を洗った後は、二人の戒名が刻まれた墓誌を洗う。祖父の没年が87歳、祖母が96歳、年月と共に文字が薄れていく。「平成何年だったっけ」と数字を確認しながら、思い出だすのはいつも同じシーンだ。

闘病生活を終えた病院から自宅へ帰ってきた祖父。横たえた和室に葬儀屋さんから呼ばれたときには、既に白い着物をまとっていた。「故人の旅立ちをお手伝いください」と渡されたのは脚絆(きゃはん)。足元を怪我しないようにと脛に巻く布である。冷たく硬直した足に履かせる作業で、こみあげてきたのは涙よりも安堵感。「これで楽になったね」と、天国を自由に歩けるコーディネートが出来たと思ったからだ。

ボケた末に老衰で亡くなった祖母の場合は、死に化粧。丁寧にファンデーションが塗られて口紅が引かれた顔は少女のようで、みんなが「綺麗ねえ」と髪を撫でた。思い出したのは、鏡台に向かって頬にピタピタと化粧水をはたいていた後姿。その習慣がシワひとつない死に顔となった。どんなにボケようが最後まで女でいたかったんだねと、赤い唇に満足げな笑みを見た気がした。

まだ見ていないけれど、アカデミー賞の外国語映画賞を受賞した「おくりびと」。あらすじを聞いて、祖父母の旅支度をしてくれたのが納棺師であったことを初めて知った。いつか私がお世話になる時には、どんな支度をしてくれるのだろうか。
一世一代の晴れ舞台、ハリウッドビューティーとまではいかなくとも、「女優さんみたいねえ」と言われる変身をさせて欲しいと願う。生きているときには会えないのが、ちょっと残念なアーティストである。

コメント

  1. 素浪人 より:

    必ずしも、あの姿ある必要はないようですよ。
    私は知人をある制服姿で送りました。本人の希望です。合掌。

    拙者はどうしようかなぁ?

  2. yuris22 より:

    素浪人様

    そういえば「おくりびと」のワンシーン。孫の女子高生がおばあちゃんにルーズソックスを履かせてましたよね。私はお姫様ドレスとティアラがいいかなあ・・って、コスプレと間違えました。反省。

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