切ない不老長寿の実

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火曜日は祖父母のお墓参りに行った後、父がいる老人ホームへ。敬老の日は二日酔いで運転が厳しかったので、1日遅れでゴメンナサイのお祝いとなった。大好物のネギトロ巻を持参したいところだけど、誤嚥が心配なのでお土産選びにも気を使う。
果物売り場で迷った末に選んだのは、パックに入った無花果(イチジク)。ボケても昔のことなら覚えている父にとっては、懐かしい味の果物に違いないと思ったからだ。

無花果

小学校2年生の夏休み、愛媛県西条市。1人住まいだった祖母の家に、玄関を持ち上げそうなほど大きな無花果の木があった。祖母におねだりすると持ち出してくるのは、長い竹竿の先に布袋をぶら下げた収穫棒。お尻の部分が星状に開いた実を探し、竿の先でチョンと突けば、袋の中にポロッと落ちる仕掛けだ。その場で頬張ると、木に生ったまま熟した実は、甘くて優しくて天国の果物みたいだと思った。

 

二学期が近づいて、東京から私を迎えに来た父も「これは旨いなあ」と何個でも取っては食べる。食べ過ぎるとお腹を壊すよと心配する祖母をよそ目に、柿を盗む悪ガキみたいな田舎の少年に戻った。

 

それから何十年経ったのか、老人ホームのデイコーナー。細かく刻んでトロみをつけた無花果をスプーンに乗せ、父の口に運ぶ。
「おばあちゃんの家に、無花果の木があったのを覚えてる?」
「旨いなあ」
「売ってるのと違って、皮がスルッと剥けてね」
「旨いなあ」
何を言っても「旨いなあ」しか返って来ないけれど、これが無花果だということは分かっているらしい。娘と2人で眼をこらして探した濃い紫の実、カサカサと揺れる大きな葉、手をかざした木漏れ日、「取れたー!」とはしゃぐ声、どんな小さな事でもいいから思い出してくれたらいいのにね・・。

 

日本では不老長寿の実と言われる無花果。「もう死にたいよ」が口癖の老人には、やるせないプレゼントとなった敬老の日であった。

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