信仰に特権意識を持つ人々

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私はスピリチュアルな話題が大好きだし、共通の趣味を持った仲間が自ずと周りに集まる。彼らは宗派は異なれど、神様、仏様に対しての信仰心は人一倍高い。しかし彼らの全てが善人とは限らない。秘密の情報を得ることやラッキーな出来事が起きるのを、「自分は神に選ばれた特別な存在だから」と、根拠のない特権意識を鼻にかけ、他人を欺く輩もいる。

幾人かを、ここ数年見てきて呆れたこと。自分の肩書きを利用して詐欺話を持ちかけたり、老人からお金をかすめとろうと騙したり、金儲けに関して人道に反することを平気で行う信徒がいる。しかも彼らの家には大きな仏壇や神棚があり、熱心な朝晩の祈りを欠かさない。
「私は神様のおかげで命が助かりました」
「苦境を乗り越えられたのは仏様のお導き」
「商売が上手くいくように、神様に会いに行ってきました」
まるで自分だけが天界に通じる特別ルートを持っているかのように、表情はプライドに溢れている。

彼らが他の人間より優れている理由が、私には理解できない。神様に選ばれた階層は地上での罪が特赦されると思っているのだろうか。周りに咎めらると能面のような顔で黙り込むのは、「俺はあんた方とは違うんだ」と心で思っているからだろうか。

キリスト教を例に取れば、聖書の使徒16章30~31節に「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」という言葉がある。神を信じているからこそ感謝のお祈りをし、大切な人(自分も含め)が幸せであるようにとお願いする。しかし時にそれは利己主義だ。家族とは血縁関係だけを言うのではなく、地球上に暮らす人類全員を指しているべきと思うからだ。

人生はノアの箱舟。それを特別パスで貴賓室に乗り込んだと自慢するなら、後戻りできない個室で一人ぼっちの旅になる可能性もあるだろう。今は凪いでいる海が、いつ大洪水になるかも知れない世界に私たちは生きている。

コメント

  1. marie より:

    苦しい時の神頼みとはよく言ったものですね。
    私の家の近所には創価学会を信仰している方が三人ぐらい居ます。

    我が家では同居している私の叔父だけが数年前から創価学会を信仰していて、どんなに生活が苦しくても聖教新聞だけは購読しいる。

    そもそも同居のきっかけは定年間近になり、自分独り(ずっと独身)での生活が苦しくなったのが理由。
    現在は遅番専任で自分の身の回りの生活を立てている。

    現代は独身で一生過ごすも、何度か結婚、離婚するも自由な時代ですが、年老いての男性の独身はあまりいいものではないなぁと思う今日この頃である。

  2. yuris22 より:

    marie様

    実はこの日記で示唆した人たちも独身男性です。結婚していたころは奥さんの実家に援助を受け、再独身になってからは遊んで暮らせる資金を得ようと、詐欺まがいのことを繰り返してます。天罰が下る行為をしているくせに、「自分には神様から徳を与えてもらっている」だなんて、頭がおかしいとしか思えません。そのプライドにしがみ付きながら、どんな老後を送るんでしょうね。

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