目が覚めても覚えている夢

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近ごろよく夢を見る。亡くなった祖母とダリアの咲く田舎の庭で遊んでいたり、昔引っ越してしまった地下鉄の駅でコインを握って路線図を見上げていたり、元気だったころの父に「お前には計画性がない」と実家の書斎で叱られていたり、夢にはいろんな年代で本当に存在していた自分がいる。

不思議なのは目が覚めても夢をきっちりと覚えていること。楽しかった映像をリプレイして何度もほくそ笑んだり、当時の至らなさを猛反省して涙ぐんだり、毎朝しばしセンチメンタルな想いに浸るのである。

人間は死ぬときに一生を振り返る走馬灯のような夢を見るという。もともと夢を見るメカニズムとは、記憶の整理をしているときに脳が刺激されて夢を見るというのが有力な説らしく、走馬灯は何十年におよぶ記憶の大整理なのかもしれない。天災や大不況、社会不安から終末思想が広がった今の世の中。この先何があっても驚かない準備のために、私の脳は記憶の整理整頓をしているのだろうか。

そんな折りに昨晩は身も凍るような怖い夢を見た。部屋の隅から魔物がこちらを見つめている気配がして、それはどんどん近づいてくる。物凄い力ですがりついてくる奴を確かめようと目を開けると、まるで映画「ゴースト」に登場する死神みたいに、暗い穴のような二つの目がぽっかりと存在していた。

叫ぼうにも固まって声が出ず、金縛り状態になった私の顔にその目は接近してくる。地獄に引きずり込まれないようカトリックの学校で覚えた「主の祈り」を唱えてみるが、忘れて全文が出てこない。こうなったら何でも試そうと「南無阿弥陀仏」や「難妙法蓮華経」を大声で繰り返し念じていると、突然フッと視界が開けた。

全貌を現した正体。身体の上には与六が乗っていて、私の顔の匂いをフガフガと嗅いでいた。なんてことはない、ニャンコが足元から胃の上へ、掛布団の襟元までまっすぐに這い上がって来たのである。死神でなくて良かったとこんなに安堵したことはない。

さあて次の夢劇場はどんなジャンルだろうか。そろそろ過去の夢でなく未来の夢を見たいなと、そしてそれが希望の正夢であることを期待しながら、今夜は夜更かしをやめて早寝することにしよう。もちろん死神が飛び乗って来ないように、枕元の灯りは煌々とつけてね。

コメント

  1. marie より:

    目が覚めても覚えている夢・・・
    ありますね。
    不思議なのは声を出そうにも出ない夢が多いことです。
    最近、声を出している夢を見ましたが(笑)

  2. yuris22 より:

    marie様

    夢のなかで叫びたいのに叫べないのは、本当に苦しいですよね。しかし重苦しい呪縛から解き放たれて「ワーッ!」と声を出したときの解放感は実にすっきりします。そのときには飛びのいた与六が、部屋の隅で目を真ん丸にしてることが多いんですけどね・・(笑)

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