劣等感とサヨナラすること

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セミフォーマルパーティーの帰りに寄った馴染みの店で「痩せたね」とスタッフたちに驚かれた。着ていたのはタイトなミモレ丈のワンピース。上品な濃紺とシルエットに惹かれ、5年前にラルフローレンのブラックレーベルで衝動買いしたものの、胸は開きすぎているしお腹は凹ませなきゃいけないしで、お金をどぶに捨てたと落ち込んでいた。

着ていくものが決まらないパーティー前夜、最後にダメ元でこのワンピースを着てみたところファスナーが閉まるではないか。年齢のお印である二の腕はラメのカーディガンで隠して、クローゼットの奥からのデビューとなったのである。

しかしこんなに身体の線が出る服を着て「痩せたね」と言われるとは・・。忘年会続きで飲みやつれた感もあるが、私は自分で思っているほどデブじゃないのかなと嬉しくなってくる。ウエストシェイプのために最後の一口を残そうという気も湧いてきた。

自分に自信が持てないこと。劣等感という概念を発見したのは心理学者のアドラーだが、彼が残した功績は「劣等」と「劣等感」は別物であると知らしめたことだ。「劣等」とは他人と比較して明らかに劣っていることであり、「劣等感」とは自分が勝手に劣っていると感じていること(現実の自分と自己イメージのギャップ)である。例えば俗にハゲと言われる人は髪の本数で劣等であっても、欧米人男性のハゲはセクシーであり、劣等感を持つ人は少ない。しかし日本ではカツラ・植毛・増毛・育毛などのビジネスが高成長しているように、劣等感を持つ人がとても多いのだ。人間心理とは育った環境によってかくも異なるものか。

ちなみに私は中学の頃からオデコに劣等感を持っていた。他人より額が狭いと思っていたし、通っていた女子校が前髪カット禁止だったため、その反動で卒業以来ずっと前髪を垂らしたアイドルみたいなヘアスタイルを続けた。しかし中年になって「痛い」と言われないようオデコを堂々と晒すようにしたところ、その方がずっと似合うと言われてビックリ仰天。今ではオデコがトレードマークとなってしまった。長いあいだ紫外線が当たらなかった分、皺やシミが出来ていないのは怪我の功名である。

人間は個性という宝物を持っている。他人と比べて悲観するのではなく、経験に裏打ちされて磨くべきは自己肯定感。自分を好きになることで損をすることなんてないのだから。

コメント

  1. marie より:

    個性、その人自身の愛されるキャラ・・・
    長年勤めた会社では私は正に愛されキャラのようでした。
    自分で言うのも何ですが、上司にも理解されていたキャラで本当に私は幸せな半生(大げさですが)を生きて来たんだと今になってしみじみと思います。
    あと、洋服ですがショップの店員さんの着こなしやドラマで好きな女優さんの着こなしで自分も試してみて再発見出来ることが沢山ありますよね。
    休日にスーパーに行くだけでもカフェに行くだけでも「今度はあのファッションで出掛けよう」と考えるだけでワクワクします

  2. yuris22 より:

    marie様

    いいなあ、愛されキャラ
    素敵なプレゼントを神様に貰いましたね。
    お似合いの服も自然と頭に浮かんできますよ(^_-)

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