報復のあとには涙と眠り

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眠りたくて眠りたくて、この数日は睡眠導入剤のお世話になっている。目を背けたくなる困難から逃げようとしている自分が嫌いだけれど、何も考えずにいる時間が欲しいのだ。処方箋の用量にプラス1錠で、どっぷり無の世界に入る。

継母が突然死したことを今日は介護施設にいる父に伝えに行く予定だったが、施設長と相談の結果、先延ばしすることになった。痴呆状態といっても父がどんな急反応を示すか予測が付かず、加えて私自身の心労が溜まっているのも大きな要因である。全ては法定代理人にお任せして、施設長のOKが出てから訪ねることとなった。

あんな妾に人生の大半を虐げられてきた!と憤ってきたのに、訃報を聞いた日の晩に出かけた馴染みの店で、諮らずともボロボロと泣いてしまった。仕事のトラブルを抱えた友人の悩みを聞くために行ったのだけれど、彼女は明るく飲んで愚痴を喋り続け、電車の時間があるからと帰ってしまった。お人好しな私は残されてポツリ。

独りでいても馬鹿話で盛り上がるカウンター席は楽しく、私向けにあつらえてくれた料理は美味しく、「ゆりさん」と呼んでくれるスタッフたちは優しく、笑って笑って笑って・・・。なのに我慢しようとしても目から溢れ出てくる涙が止まらない。ヒックヒックと嗚咽となり、薄々事情を知っていたマスターがそっとスペシャルなリキュールを一杯差し出してくれた。「大好きです」と大学生のスタッフが抱きしめてくれた。

本当に分からない。死ねばいいと呪ってきた敵が本当に死んだとき、笑うべきはずが号泣したのは何故なのか。私が貰った不思議な宿命として、嫌がらせを仕向けた相手が崖を転がり落ちていくのを何度も見てきた。その最骨頂である継母が、誰にも看取られずに床に崩れて息絶える瞬間に何を思ったのか気になる。そして今は空の上か無空間からか、葬儀に対しても無関心を貫いた義理の娘にどんな目を向けているのだろう。いやそれ以前、継母は愛する男のためにしか生きれられない女だったが、お館様のように崇めていた父を裏切った人たちにこれから何が振りかかるのだろう。

今月の下旬には東日本大震災で被害を受けた地域へ復興支援のイベントに出向く。亡くなった沢山の住民たちの魂に向けて、こんな継母への恨みつらみでイジイジしている私が祈りを捧げていいのものか、悩んで出てくるのは溜息ばかり。ハアーッと言うたびに心労が増えていくようで、兎にも角にも睡眠時間を増やしているのである。

心理カウンセラーの資格を取り、辛い思いを抱えた方々の相談に乗りたかった私がこんな状況でどうするのかと思いながら、またひとつ越えなくてはならない山の高さに身震いしている。魂を弔うために出家すべきか。しかし私は言葉で綴るしか才能がないので、悲しみのやり場に困っている方々の役に立てるよう、寒い冬を乗り越えていく温かい心の筆を育てるしかない。絶対に誰かのためになる小説を書こうと決意して、準備をしているこの霜月である。

 

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