愛する人の願いを聞き入れる介護

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朝刊を配る新聞屋さんが階段を走る音がして、カラスとウグイスが鳴き比べを始めると、東の空から太陽が顔を出す。ベランダでストレッチをしてからベッドに入るのが、昼夜逆転気味の生活パターンとなった。それでも昼前には起きてパソコンの前に戻る。

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日曜日なんだから今日はよっぽど、逗子の立ち飲み屋あたりに顔を出そうと思ったが、外に出られる風体ではないので我慢。賑やかな鳥たちが眠りについた深夜は、物音ひとつせずに静まり返って、心もとない雰囲気だ。

何か食べなきゃと遅めの夕食。あまりに静かなのでテレビをつけたら、NHKスペシャル「私は家族を殺した~介護殺人」が放送中だった。重い口を開いてインタビューに答えていたのは、妻を殺して執行猶予中の71歳の男性。骨粗しょう症で腰の骨を折って寝たきりとなった妻の介護を始めて、慣れない家事に孤軍奮闘したものの、「死にたい、殺してほしい」の願いを聞き入れ、自分も後追い自殺しようとしたがダメだったという。

たった一年の介護で妻に手をかけたと言うけれど、几帳面に毎日綴っている日記には、愛情豊かに伴侶を支えていた様子が伺えた。子どもたちを育て上げて、大手企業を定年退職して、さあ夫婦で老後を楽しもうという矢先に降りかかってきた苦難。誰にも相談できず二人で追い詰められていった一年は、何十年にも等しい生き地獄の時間だったと思われる。

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4人に1人が高齢者となった日本。いつか寝たきりになるような現実が私にもやってくるのだろうか。その時に介護してくれる伴侶はいないけれど、むしろ独りで良かったなあと思う。迷惑をかけないだけ気が楽だからだ。

自分のせいで愛する人が辛い目に遭うのは、見るに堪えないこと。ありがとうやゴメンねを通り越して、役に立たない我が身を呪うこと。相手が優しい人であるほど、命に終止符を打ちたくなるのは切なさの証だ。

非情と言われるかもしれないが、姥捨て山があったらいいなと思う。それは安楽死の暗喩。人間はただ長生きすればいいもんじゃないんだと、声ない声を聴いたような番組だった。

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