ソプラノの花吹雪

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散り急ぐ桜は、そろそろ見納め。
昨夜は恵比寿ロータリークラブの移動例会で、上野の森・不忍池畔に建つ上野精養軒にて観桜会が催された。

上野精養軒

2階の窓からライトアップされた桜並木を見下ろすと、ピンクの綿菓子のような景色が広がっている。
この宴会場は毎年1年前から予約を入れて確保していて、昨年の4月は桜が既に散った後だったが、今年は運良く見頃に当たった。

程よくアルコールが回った頃に、スペシャルゲストはソプラノ歌手の飯田みち代さん。
金色の雨が降るといわれる歌声で「さくらさくら」の日本古謡からスタートし、プッチーニの「私のお父様」「ミミのアリア」など、鈴が転がるような美しいソプラノを披露してくれた。

飯田さんは2歳の頃、難病指定の重症筋無力症を患った。
指1本動かすことさえ困難で、医者から治らないと宣告された病気だったが、お母さんの身を粉にしての支えで奇跡的に回復。大好きだった歌の道を目指そうと音楽大学を志望していたものの、ご両親の反対にあって京都大学に進学したという。

その反対の理由を要約してみると・・
音楽をやって一生食べていける人がどれだけいるのか。一部の選ばれた人になるには「お金」「運」「才能」「人脈」が必要だが、家には「お金」と「人脈」がない。好きな道に進みたければ、どこにでも就職できる大学に行き、まずは自分で稼げるようになってからにしなさい。
・・・なるほど、娘の将来を案ずる親なら当然の理由だと思う。

大学を卒業して大手企業に就職することで親元から独立。
その後、オペラを通じて世の中に夢や希望を与えたいとの思いから退職して声楽を習い続け、1990年にはイタリア声楽コンコルソ金賞を受賞したという。持ち前の「運」と「才能」にプラスして、「お金」と「人脈」作りは自分の力で成し遂げた、志の強い人である。

彼女が京都大学時代に見た、桜の思い出を語った。
深夜0時に見る桜が最も美しいと信じていた彼女だったが、寮の門限は11時。それでも諦めきれず、部屋の窓からロープを垂らして下に降り、哲学の道に咲き誇る桜を見に行ったそうだ。

そんな妖艶な景色を思い浮かべながら「最後の曲です」と彼女が選んだのは、イタリア語で歌うヨハン・シュトラウスの「春の声」。

部屋中に音符の花吹雪が舞うような、幸せなラストソングだった。

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