銀座ルールに想うこと

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成田空港に着陸してリムジンバスで東京へ向かう時。
「日本に帰ってきたな」と思うのは、色彩ルールのない建物が凸凹と密集しているのを見た時である。
近代的デザインの高層ビルは乱立しても、各々の主張が強すぎて調和が取れていないのだ。

これに対して注目すべきは銀座。その歴史に詳しい遠藤彬氏にお話を伺った。
彬氏は「遠藤波津子グループ」の社長であり、銀座連合会理事長、全銀座会の会長。
ちなみに遠藤波津子理容館(遠藤波津子美容室)は明治38年創業。親子4代、約1世紀にわたり銀座を愛してきた老舗である。

銀座の街づくりが積極的に始まったのは大正8年のこと。「銀座通り連合会」が結成され、歩いて楽しい街を作ることが目的だったという。
銀座1丁目~8丁目まで100mぐらいのピッチで丁目が分かれて、「ブラブラ」するにはちょうど良いヒューマンスケールの街。

ところが3年ほど前、銀座の松坂屋と森ビルが高さ178mの超高層ビルを作ろうという計画を立てた。
慌てたのは古くから銀座に店を構える人たち。
銀座の表通りは、高さ56mのビルしか建てられない「銀座ルール」があるはずだと主張したが、平成14年に施行された都市再生特別措置法で、再開発による高層建築が認められてしまったのだ。

そこで銀座8町の人々や専門家の意見を聞こうと2004年に「街づくり会議」がスタートした。
大きなビルの中に全てのショップを閉じ込めるのではなく、90年前に考えられたコンセプト通り、歩いて楽しい街にしよう。表通りに裏通り、馴染みも意外な発見も沢山ある街。
法の抜け穴を無くした、新しい「銀座ルール」作りを進めている。

2006年には「銀座デザイン協議会」が発足。中央区市街地の開発計画が立ち上がった場合、合意と指導のもとに、協議型の街づくりを行うという組織だ。

しかしまたまた足を引っ張るものが・・。
外国資本が入りファンド開発が盛んになると、地下はどんどん急騰する。
家賃や固定資産税が跳ね上がると営業していけなくなるのは、昔ながらの小さなお蕎麦屋さんや美容院。
まさか1杯5千円のかけそばや、カット・ブロー3万円の料金は取れないだろう。

ハード部分である建物の調和は保たれても、中身は日本の老舗から海外ブランドショップへ。ソフト部分が変わっていくのは歯止めが効かないのだろうか。

コメント

  1. 詩人たそがれ より:

    「銀ぶら」懐かしい言葉ですね。

    地方都市も、やたら縦長の建物が「雨後の竹の子」みたいに建っています。
    古い住人は景観の破壊を危惧しています、特に歴史のある町なのに・・・。

    どこでどう間違ったのか? 新しければ良いなんて???

  2. 亀吉 より:

    銀座、港区生まれの私には昔から馴染み深い街でした。
    節操の無い東京の中で、唯一調和の保たれた街でした。
    何とかならないものですかね・・・。

  3. yuris22 より:

    詩人たそがれ様

    縦長の建物が新しい歴史になるのは???ですよね。
    耐震性はもちろん重要ですが、どの都市も同じ景観
    になってしまうのは淋しいです。

  4. yuris22 より:

    亀吉様

    原宿も六本木も銀座も・・似たり寄ったりの街
    にならないで欲しいです。
    高い税金を払える者のみ生き残れる都市なので
    すね。

  5. こまちゃん より:

    銀座は「歩いて楽しい」ので
    何度歩いても道を覚えることが出来ません。
    アルコールのせいではないと思います。w

  6. yuris22 より:

    こまちゃん

    >アルコールのせいではないと思います。w

    嘘をついてはいけません。
    「何度歩いても、どこに寄ったか忘れた」でしょう(笑)

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