もう上れない階段

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鎌倉で私がいちばん好きなお寺は行きづらい場所にある。
鶴岡八幡宮を右に曲がって朝比奈方面に向うと、車を停めるスペースもない場所に、見過ごしてしまいそうなな狭い入り口。
鎌倉駅から歩けば30分。バスで行くかタクシー行くか、一般の観光客なら見送る場所かもしれない。

天平六年(734)、光明皇后の御願により創建された鎌倉最古の寺「杉本寺」。
ここには三体の十一面観音像(734年・行基作、851年・慈覚大師作、985年・恵心僧都作)が安置されている。
文治5年(1189)の火災で本堂が消失したのを源頼朝が再興したという、長い歴史の道を見守ってきたお寺である。

十一面観音像はさることながら、私が気にかかるのは仁王門をくぐった先の階段だ。
耐火性に優れた鎌倉石が使用されているのだが、柔らかく加工がしやすい反面、劣化も早い。磨り減って苔むした階段は見るからに滑って転びそうで、今では上り口が塞がれて脇道から本堂に向うようになっている。

杉本寺

遠い記憶を辿れば、小学生のころ母と一緒に幾度か上った夏。
母が何故このお寺を好んで来ていたのか、何かをひたすら祈願していた横顔を覚えている。

今だから思い当たる理由は、緊急入院した母が私に尋ねた言葉だ。
「弟か妹が欲しい?」
流産したということを田舎からやってきた祖母が教えてくれたけれど、意味のわからない私は首を横に振った。愛情を独り占めしたいと思ったのだろう。
杉本寺に通ったのは生めなかった子供を供養したのか、また命が授かりますようにとお願いしたのか、結局は1人っ子のまま私は育った。

ゆっくりと上る母を追い越して駆け上った階段。
私の小さな足も鎌倉石を少しは削ったのだろうかと、見えるはずもない形跡を探す。
先人たちの願いが刻まれた一段一段に、ご苦労さまとそっと手をあわせた。

コメント

  1. Manta より:

    大きな石に天女が100年に一度降りてきて羽衣をかける。磨り減ってなくなるのを一劫という・・・ってきいたことがあって、石が磨り減るのかいなぁ~~?なんて思っていましたが、鎌倉石・・・確かに磨り減ってますね。

    2008-734=1274

    1200年の歴史ですね。

  2. 素浪人 より:

    きっと天災にあっても当時の人々が直しながら、1200年使われたんですね。
    いろいろな心の重みを感じ少しずつ削られた・・・。
    大切にしたい日本の風景です。

  3. yuris22 より:

    Manta様

    みんなが足を乗せるところは窪み、角は丸くなっています。
    もしこの階段に心があるなら、仏様のような心かもしれませんね。

  4. yuris22 より:

    素浪人様

    仁王門が額縁だとしたら、四季折々で絵の色合いが変わります。
    写真を撮った時は雨上がりで、足元には緑色した楓の葉が散らばっていました。
    額の中が赤い絵になる季節が楽しみです。

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