思い出を乗せて走る江ノ電

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鎌倉と藤沢を結ぶ湘南名物、江ノ電が全線開通100年を迎えたという。YOMIURI ONLINE「む~ぶ鉄道の動画#5.江ノ島電鉄」を見ていると、どの撮影場所も子どもの頃から親しみがある。半生を江ノ電沿線で過ごした私にとっては、「赤いやねの家」の故郷を走る思い出電車だ。

江ノ電

小学校時代、私は湘南海岸公園駅から歩いて5分ほどの所に住んでいた。学校の行き返りは江ノ電の踏み切りを渡り、時には友人たちと線路を歩いて道草したものである。湘南海岸公園駅から鵠沼駅へは境川の橋を渡るのだが、線路の両側には鉄柵がないし、単線なので逃げ場もない。もし向こうから電車が来たら川に飛び込むしかなく、まるで映画「スタンドバイミー」のワンシーンみたいだった。怖がりの私はちょっと踏み出しただけで足が震え、悪ガキたちの仲間入りが出来ない。結局その橋を渡ることは一回もなく、公立の学校からセーラー服のお嬢様学校へと進んだ。

あの当時の仲間たち。ガキ大将はK君といい、電車が走ると家が揺れる線路ぎわに住んでいた。ある夏の午後、みんなで彼の部屋に遊びに行った時のこと。プワ~ンという江ノ電の警笛が聞こえると、K君は「○○型○○編成!」と叫んで窓に駆け寄る。下を走る車両の番号を確かめては勝ち誇った笑みを浮かべ、「将来は江ノ電の運転手になるんだ」と夢を語った。

そんな横顔を尊敬の眼差しで見つめる子分のGくんは、痩せっぽちな劣等生。車掌になると宣言していたのに、中学生の時に亡くなった。亡骸は江の島の岩場で発見されたそうで、死因については分からずじまい。誰もが口を閉ざす環境に育った子だとしか聞いていない。

やがて江の島を見おろす高台に引っ越したのは高校生のとき。鎌倉高校前駅のベンチで、目の前に広がる海を見ながら電車を待つのが日課になった。横に誰もいなくて波音だけが友だち。それでも江ノ島駅までたった2駅の通学区間に、生まれて初めて定期券を持った嬉しさは今でも忘れない。

18歳で免許を取り、車を運転するようになってからは、滅多に乗らなくなった江ノ電。窓を開けて潮風を巻き込みながら走った記憶を語れば、昔の人扱いされる。それでも緑の車体が無性に恋しくなり、34分間の小さな旅に独りで出かけるときもある。

線路の両脇の景色は、藤沢に近づくほど建物が密集していく。でも最大の注目地点はいつも決まっている。ゴトンゴトンと境川の鉄橋を渡る時には胸が弾み、あわてて逃げる悪ガキたちを探してしまうのだ。彼らがいるはずはないけれど、心の中の風景はずっと鮮やかな色彩のまま。緑の風が吹く原っぱを、江ノ電がプワ~ンと警笛を鳴らして走っている。

コメント

  1. marie より:

    こう言う景色いいですね~
    懐かしい電車と昭和を思わせる古い家。

    時代がどんどん移り変わり便利なものやキレイな洋服とかいいものは沢山ある世の中ですが、人間らしい心が最近の世の中は欠けているような気がします。

  2. 的は逗子の素浪人 より:

    なぜか電車の思い出って切ないなぁ。
    江ノ電はいまや貴重な路線ですね。

  3. yuris22 より:

    marie様

    古い家たちも主が亡くなれば、取り壊される運命にあると思います。地価が上がっている湘南で、懐かしい佇まいはどんどん消えていくことでしょう。世界遺産だけでなく、昭和遺産にも目を向けて欲しいものです。

  4. yuris22 より:

    的は逗子の素浪人様

    「これは多摩電のお古なんだよ」って、祖父から聞かされたのを覚えています。お古(おふる)って言葉を、今の子どもたちは知っているのかな。人間の寿命は延びても、彼らの生活を支えてきた製品の寿命は短くなりましたね。

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