友人の急逝で教えられたこと

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日曜日の観光客たちが帰途につき始める鎌倉。金曜日に亡くなった友人を送る献花の列に並んでいた。
湘南サウンドが流れるお通夜。「カジュアルな格好で来てください」と言われていたにも関わらず、サーファーもフラガールたちも喪服姿で並んでいる。最後のお別れなのだからせめても敬意を表したいと、結びなれない黒ネクタイを選んだのだろう。

マリンスポーツのプロで、ウクレレが得意で、アロハが似合って・・、真っ黒に日焼けした彼の顔は、棺の中でも祭壇の写真でも見慣れた微笑を浮かべていた。

参列者一人ひとりと抱き合うTシャツ姿の奥様は、昨日よりも更にちっちゃくなっている。
泣いちゃいけないと頑張っている母の後ろで、子供たちはみんなに頭を撫でられている。
まるで夢の中の情景だ。

昨日の午後、小坪の食堂でビールとランチを楽しんだ後、いつもの散歩コースに向けて出発した。
逗子マリーナを抜けて材木座海岸へ。満ち潮にジーンズを濡らさないよう、ビーチに並んだウィンドサーフィンのセイルの間を縫って歩く。

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真夏の喧騒は既に去り、骨組みだけになった海の家ではトラックに木材が積み込まれていく。いちばん好きな季節、でもいちばん切ない季節がやってきたなと、人恋しさにかられて馴染みの店へのガードをくぐった。

9月の材木座海岸
海の家の跡1
海の家の跡2

ドアを開けたらウクレレのレッスンが聞こえてくるはずの店に、近所の連中が重々しい表情で集っている。
秋祭りの打ち合わせかなと、顔見知りに声をかけたら「亡くなったんですよ」と一言。まさか彼が!?の予感は当たり、ジェットスキーを洗っている最中に心臓が止まって、そのまま帰らぬ人となってしまったという。
まるで眠っているような表情にお線香をあげて手を合わせて・・、その後はどうやって帰ったかよく覚えていない。

「逝ってしまう人の方が多くなったね」。
このところ立て続けに知り合いを亡くしたこともあり、友人に悲しみを漏らすと意外な答えが帰ってきた。
「出会った人も多いはずだよ」。
確かに!

人は出会った時から別れに向かって歩いている。
宇宙の悠久な時間に比べたら、吹けば飛ぶような人間の一生だけれど、誰かとの出会いの数は歳を重ねるごとに増えているのだ。

私はまだまだ生きていくんだから、後ろを向いてちゃいけないぞ。
元気付けようと待っていてくれる仲間たちに「今から行くね」の携帯メールを送った。

コメント

  1. 素浪人 より:

    友人が自ら命を絶ってしまった。
    その送りの中、末っ子はまだ母の腕の中、年長の2人は何が起こっているのか分からない様子だった。
    もう10年以上前の光景だが、忘れる事は無い。

    過ぎ去った年月とこれからを、私は彼の分も生ききれるだろうか?
    それにしても彼の助けになれなかった事が悔やまれる日々だ。

  2. yuris22 より:

    素浪人様

    言葉にするにも辛すぎる思い出ですね。
    ご遺族に声のかけようがないお葬式だったのではと思われます。

    死はいつやってくるかわからない、でも必ずやってくるもの。
    後悔のないよう日ごろのコミュニケーションを大切にしていきたいと思っています。

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